今回は認知症シリーズ(3回)の最終回になります。
前2回では歯周病を中心としたお口の健康が認知症に与える影響について書いてきました。ただ、お口の健康だけで認知症が予防できるとは思いません。それ以外の要因も重要です。
また、前回に紹介いさせていただいた「革命的治療プログラム」は現時点では一般的に認められているものではありません。
では、現在ではどのような行動をとることが認知症予防に有効であると言われているのでしょうか?
それは運動・身体活動です。
約3年前に読んだ本です。
この本を読んで、認知症を予防するにはまさに「運動しかない」と悟り?ました。
以前は、年をとると脳神経細胞(ニューロン)は増えることがなく死滅する一方だ、というのが通説になっていました。最近では、脳は年齢にかかわりなく新しいニューロンを作ることができるという説も出ています。
ただ、ニューロン同士が新しいつながりを作り続けられることが、認知機能などに代表される脳の働きを維持する鍵となるので、ニューロン同士が新しいつながりができないことが、歳とともに認知力などが衰える理由だと考えられています。
そこで登場するのが
BDNF(brain derived neurotrophic factor; 脳由来神経栄養因子)です。
脳で作られるたんぱく質で、ニューロンの働きを維持する作用があります。
本書では
「BDNFは、ニューロン機能を向上させ、その成長を促し、強化し、細胞の死という自然のプロセスから守っていると言える。(中略)BDNFは、思考と感情と運動を生物学的に結びつける上で欠かせないものなのだ。」とあります。
シンプルに言うと
「BDNFはニューロンを育てる肥料のような役目を果たしている。」ということです。
BDNFは運動をしたり、活発な身体活動によって多くなり、ニューロン同士が新しいつながりを促し、結果的に認知症予防につながるということです。
認知症予防の最大のキーワードは「BDNF」だという思いを強くしました。
が
その後、様々なメディアを通じてこの「BDNF」という言葉を耳にしたり目にしたりすることは全くありませんでした。
もちろん、自ら検索したりすれば別ですが、受動的に入ってくることは一度もありませんでした。
本当に運動をして、BDNFを増やすことが認知症予防に大切なことか、少し不安になりました。
今年の3月に刊行された本です。
この本の著者はスウェーデンの「カロリンスカ研究所」というノーベル生理学・医学賞を選定する機関で活動をしているそうです。つまり、現時点での最新のこの分野のエビデンスを体系的に把握できる立場にあると言えます。
この中では
「BDNF(脳由来神経栄養因子)」は脳内最強の物質である。と
やはり間違いではなかったと、ホッとしました。
この文は、うつ病改善していく最新科学を紹介する章に書かれていましたが、認知機能の維持に重要であるとことも、もちろん書かれています。
では、BDNFを運動以外で増やすことはできるのでしょうか?
人工的に合成して注射などで体内に入れても、分子量が大きすぎてBBB(血液脳関門)という脳のバリアを通過することが難しいようです。
やはり、運動をして脳内でBDNFを作るしかないのです。
一口に運動と言ってもどのような運動でどれくらいすればよいのでしょうか?
たとえば、週2回30分以上ランニングをする。とありました。
ウォーキングでもよいのですが
最大のポイントはある程度まで心拍数を上げる必要があるということです。
BDNFを増やせる活動は有酸素運動であると結論づけています。
筋トレでも増やせるが、現時点では有酸素運動の方がエビデンスが高いようです。
「ある程度まで心拍数を上げる必要がある」とはどのくらいでしょうか?
「ややきつい」と感じる程度の運動強度と思われます。
本書では、可能であればさらに強度の高い運動もした方が良いとも書かれていました。
心拍数が上がれば良いので、ランニングに限らず、いろいろなスポーツでも良いはずです。
具体的な心拍数に関してはこのサイトを参考にしてください。
普通に考えれば、脳の機能を衰えさせないようにするにはクロスワードパズルや数独などのパズルやいわゆる「脳トレ」が重要な気がします。
本書では脳トレは意味がないと断じておりました。
多少は効果があるのではないかと思うのですが、パズルを解くときに使われるのはほぼ言語中枢に限られるようです。対して、運動をする時は脳の広い領域が活発に活動をするため、効果が大きいようです。
ちなみに、前回にご紹介した「革命的治療プログラム」にもBDNFは登場します。もちろん、運動により増やすことができるとありました。
ここで遺伝について少しふれます。
アポE4(アポリポタンパク質E4)という遺伝子があります。
この遺伝子はアルツハイマー病発症における最も強力な遺伝子として有名です。
(若年性のアルツハイマー病は別の遺伝子が関連しています。)
この遺伝子を1コピー持っていると、アルツハイマー病になる危険は3~4倍になり、2コピーであると15倍にもなると言われています。
近年では、自分の遺伝子を調べることが可能になっています。仮に調べてこの遺伝子をもっていることが明らかになってしまったらどうでしょうか?
重要なポイントは
この遺伝子があるから必ず認知症になるわけではなく、この遺伝子が無くても発症するということです。
具体的に言うと
アルツハイマー病患者の1/3以上はこの遺伝子を持っていません。
この遺伝子を2コピー持っている人の50%は80歳まで生きて、認知症にもならないという現実があります。
つまり、生活習慣次第で運命を変えることができるのです。
運動さえすれば問題ないのでしょうか?
20歳代や30歳代の人であれば、明日から運動をすることには、格段の問題はないはずです。
ところが、60歳を過ぎ70歳代、80歳代になって、どなたでも自由に運動することが可能とは限りません。運動や趣味のスポーツを生涯にわたり楽しんでいくには健康であることが条件です。
運動も大切ですが、食事・休養・タバコを吸わない・飲酒などの他の生活習慣もないがしろにはできません。
また、バランスの取れた健康的な食生活を送るには、あるいは運動を効果的に継続していくには、しっかりとしたかみ合わせを含めた歯と口の健康が欠かせないはずです。念のため。
おまけ
認知症関連の本を読むと、よく引用されている研究があります。
デヴィッド・スノウドン博士の修道女に関するものです。
全米で7つの管区を持つノートルダム教育修道女会の75歳から106歳までの678名の修道女を対象とした、加齢と健康,特にアルツハイマー病に関する疫学研究です。
「ナン・スタディ」と言われています。(ナンは修道女の意味)
日常の生活状態の記録、定期的な身体的・精神的検査および死後の病理解剖の結果をまとめた研究です。
献脳された死後の脳を調べると
脳の萎縮、アミロイドβ(老人斑)の蓄積、神経原繊維の変性とアルツハイマー病の明らかな所見があるにもかかわらず、生前は認知症の症状は全くあるいはほとんどなかった修道女が多くいたのです。
引用をした書籍により、登場する修道女はシスター・バーナデットだったり、シスター・メアリーだったりします。
これは、加齢による様々な脳のダメージを、活発な奉仕活動などによりニューロン同士が新しいつながりができ、認知症の発病をさけることができることを示していると言えます。
(この研究では若い頃の作文能力の重要性や脳の予備力という考えを示しています。)
2004年に出版された本ですが、ご興味のある方はご一読ください。