「食後30分以内の歯みがきはNG」は誤り

今から約7年前に

「食後30分以内の歯みがきはNG」という、センセーショナルな情報が様々なメディアを通して流されました。

「食後30分以内の歯みがきはNG」は今でもホットな話題?

むし歯を予防するには、食後すぐに歯みがきをするべきという定説に反する主張は、大いに話題を呼びました。また、家庭や学校などではどうすれば良いのかと、混乱も招きました。

この問題について患者さんからも何度か質問を受けたりしていましたので、ブログで取り上げようとも考えたのですが、いまさら取り上げるまでの話題ではないと思っていました。

ところが、昨年の12月6日にNHK朝の情報番組で、とてもホットな話題?として取り上げられました。ビックリ!

番組画面は12月27日(木)放送の冒頭、12月6日の放送内容はNHKアーカイブスより

私はこの番組を見ておりませんが、食後30分以内の歯みがきについては歯科医師のなかでも肯定派と否定派に二分しているという番組構成だったと聞いて、さらにビックリ!

番組の内容を確認しようとNHKオンデマンドで検索しましたが、2週間経過しているので見ることができませんでした。YouTubeにもアップされておらず、途方に暮れていました。

ところが

あさイチ 歯磨き「食後すぐ」「時間をあける」どっち?(YossyのBlog)

で放送内容が細かく書かれていました。(ヨッシーさん ありがとうございます。)

このブログで放送内容を確認させていただいたとして、この話題についての経緯などを時間の経過に沿って書いていきたいと思います。

「食後30分以内の歯みがきはNG」の経緯

「食後30分以内の歯みがきはNG」というフレーズは

当時、東京医科歯科大学大学院う蝕制御学分野助教の北迫勇一先生の酸蝕症(さんしょくしょう)の研究に端を発しています。

酸蝕症というのはむし歯菌が関係しない酸によって歯が溶ける病気です。

酸蝕症は以前は、メッキ工場などの酸性のガスを吸い込むことにより起こる職業病でしたが、最近では炭酸飲料に代表される酸性の飲み物などによって起こることが問題になっています。

2010年12月の日本歯科医師会雑誌に「各種飲食物の酸性度と酸蝕歯の関係」という記事が掲載されました。酸蝕歯とは酸蝕症に侵されて、溶けている歯のことです。もちろん著者は北迫勇一先生です。

この記事の中で

酸性飲食物摂取直後は,エナメル質表層が軟化している可能性がある。このような場合,唾液の力による 回復が十分に望める30分後をめどに歯磨きを行う。特に,酸蝕歯患者では注意を要する。

と書かれた部分があります。

「炭酸飲料、柑橘系果物や酢などの酸性の飲食物を口に入れた直後は、歯の表面が削れやすくなっているので、だ液によって酸が中和される30分程度待ってから歯みがきをした方が良い。特に酸性の飲食物を人より多く頻繁にとる習慣のある人は注意。」ということだと思います。

なぜ「食後30分以内の歯みがきはNG」という表現になるか

 「食後30分以内の歯みがきはNG」という表現に至るには、前提があります。

①元となる研究は象牙質の酸蝕に関するものである。

酸性炭酸飲料に歯の象牙質の試験片を90秒間浸した後、口の中にもどしてその後の歯みがき開始時間の違いを調べた論文が元になっています。「エナメル質表層が軟化している可能性がある」とありますが、この部分は少し飛躍があり正確な表現ではないと考えます。

上の図のように歯周病などにより歯肉が下がり歯根の部分が出てしまっています。歯根の部分の表面にはエナメル質はありませんので象牙質が出ています。このような象牙質についての研究が元になっていることがとても大きな前提になります。

このように象牙質が出ている状態はたいてい中高年の方が中心です。小児や若い人にはあてはまりません。

②頻繁に酸性の飲食物をとっている人にあてはまる。

たまに炭酸飲料を飲んだり柑橘系果物も少量食べることは問題にはなりません。酢は一般的な調味料です。酢の入った料理を食べるくらいはまったく問題になりません。

ただ、炭酸飲料などを頻繁に口にする、酢をよく飲む、レモンやグレープフルーツなどの柑橘系果物を頻繁に大量に食べるような習慣のある人は注意が必要だということです。

普通に考えると、一般的な人には当てはまりません。そもそも、象牙質が出ていない小児や若い人には関係がありません。

しかしながら、2011年以降にこの情報が広まるにつれて

「食後30分後をめどに歯みがきを行う。」という部分のみが独り歩きをして

「食後30分以内の歯みがきはNG!」という立派なフレーズが出来上がりました。

2012年あたりを中心に学校や家庭において

「食後にすぐにみがく」と「30分たってからみがく」のどちらにすればよいかという混乱が生まれました。

「食後30分以内の歯みがきはNG」に対しての歯科界の対応

この状況を危惧した歯科界では、各学会でこの問題に対する検討が盛んに行われました。

2013年5月の第62回日本口腔衛生学会総会の自由集会4において「食後30分間、ブラッシングを避けることの是非」のテーマで討論が行われました。当事者?である北迫勇一先生も出席されたと聞いております。

その時の討論の要点は以下の通りです。

「食後30分間、ブラッシングを避ける」は正確性に欠ける表現である。
「酸性飲食物摂取直後の ブラッシングは避ける」(酸蝕症に限定)という表現が適切である。
「30分間については、主に試験管内での酸蝕実験の結果に基づくもの」なので、今後の検討課題である。
「酸蝕症は主に成人期の問題であり、通常の食生活習慣を持つ小児・未成年期には適応されない」
したがって
「食後のブラッシングは、これまで通り、齲蝕の予防 に有用と言える。」

    一般社団法人 日本口腔衛生学会 フッ化物応用委員会(2013年8月)より

また、2013年10月には日本歯科保存学会第139回学術大会において、日本口腔衛生学会との共催シンポジウムが開催され、歯科保存学会としてのステートメント(声明)が出されました。

もちろん、口腔衛生学会と同じ様に歯みがきは食後の早い時間内に行なうことを勧める内容です。

さらに、同年に日本小児歯科学会においても同様の見解が出されました。

各学会の見解は

一般社団法人日本学校歯科医会のホームページをご覧ください。

酸性飲食物のとり方の問題

各学会からこのような結論が出されているわけですので、「食後30分以内の歯みがきはNG!」という表現は今も不適切であるのは間違いありません。

もちろん、酸蝕症を疑われる患者さんは歯みがきの仕方などに注意が必要ではあるかもしれませんが、酸性の飲食物のとり方を注意することの方が大事なはずです。

毎日のようにレモンを丸かじりしていると、食後すぐに歯をみがこうが、食後30分してから歯をみがこうが、歯は溶けます。歯みがきのタイミングの問題ではありません。

ではなぜ、有名なNHK朝の情報番組で「食後30分以内の歯みがきはNG!」の話題が取り上げられたのでしょうか?

今までの常識が覆されるということは、とてもインパクトがあることです。そして、新しい説の方が正しいことが多いと思います。しかし、今回は新しい説が正しくはなかったわけです。

でも一度、メディアに乗って広く知れ渡ったインパクトのある情報は簡単には消えないということでしょうか?

学会のホームページに掲載された程度では、一般の方にはほとんど知れ渡ることはないのでしょう。メディアもそれにはあまり触れません。

結局は視聴者の興味を引くように番組作りが行われているからということなのでしょう。

私は必ずしも食後すぐに歯みがきをしなくても良いと考えています。(理由は次回以降のブログで)

ただ、「食後30分以内の歯みがきはNG!」は誤った情報であると明言いたします。


おまけ

あさイチに出演された先生に関してです。

YossyさんのBlogの内容を元にコメントさせていただきます。)

食後すぐの歯みがき推奨派の先生は

日本歯科大学付属病院臨床教授 倉治ななえ先生でした。倉治先生は臨床教授の肩書で出演されていましたが、私と同じく開業医です。そして2011年~2015年の間、日本歯科医師会の広報担当理事を務められていました。

日本歯科医師会の役員(会長や理事)は発言をする時には、日本の歯科界の代表者としての発言が求められます。

現在は理事ではありませんが、理事在任期間中はまさにこの食後の歯みがき問題がホットな話題とされていた時期です。この問題に関しても、広く情報を収集して日本歯科医師会としての見解を発言されていたはずです。当然ですが信頼性が高いです。

一方、食後時間をあけてから派の天雲丈敦先生はどのような先生が存じ上げませんが開業医と思われます。北迫先生の酸蝕症の話とも少し違うようです。やや変わった説を展開しているようです。

最後に登場した「歯は磨くものではないんです。」と発言された豊山洋輔先生は本も出されているようです。この先生も開業医です。先の二人の先生とは論点を変えて、正しいことを話されていたという印象です。

関連記事

  1. お口の健診ポスター

    港区『お口の健診』の新しい検査項目紹介

  2. 歯を失う第三の原因

  3. 舌みがきは命を救う?

  4. 最も効果的なむし歯予防法の続き

  5. 効果的な歯みがきの仕方 の続き

  6. 効果的な歯みがきの仕方

最近の記事 おすすめ記事
  1. 子ども用の歯みがき剤
  2. 肺炎レントゲン写真
  3. 食器共有
  4. ピロリ菌
  5. 定年
  1. 運動としての階段昇降
PAGE TOP