平均寿命は世界的に驚異的な伸びを見せてはいますが、日本などの国民所得が高い国に比べて、所得が低い国では20歳以上も平均寿命は短いという格差があります。このように貧しい国から豊かな国になるに従い平均寿命が上昇するように推移する理由を明快に表しているのがアンガス・ディートン(ノーベル経済学賞受賞者)の次の言葉です。
「多くの人の命を奪う病気の所在が乳幼児の腸や肺から中高年の血管に移っていく。」
公衆衛生、医療などの発達により、子供が感染症で命を落とさなくなったことが、平均寿命を大幅に押し上げた最大の要因です。そして、長生きをする様になった我々は血管の病気と闘うことを余儀なくされているということになります。
この血管の病気の代表的なものの一つが糖尿病です。
糖尿病とは
「インスリンの作用が十分でないためブドウ糖が有効に使われずに、血糖値が高くなっている状態のことです。 放置すると全身にさまざまな影響が出てきます。」とあります。
一般的な解説だと思います。
別の言い方で
「糖尿病は、長い時間をかけて血管をボロボロにしていく病気。」のような説明もあります。
私なりにまとめると
「インスリンの働きが不十分で、血糖値が高い状態が続くことにより、血管のダメージが蓄積し、体のさまざまな場所で障害(合併症)を起こす病気。」という表現になります。
ポイントは二つあります。
一つは高血糖が持続すると血管が傷つくということです。
血管の内側の細胞(血管内皮細胞)は酸化ストレスによって傷つくようです。酸化ストレスの代表的なものが高血糖で他には喫煙や活性酸素があります。
また、血管内のブドウ糖(血糖)とタンパク質が結びついてできるAGE(終末糖化産物)が血管内に蓄積していき、さらにダメージを深刻化させていきます。
二つ目は全身のいたるところで、不可逆的(元に戻らない)な障害が起き、著しくQOLが低下したり命を落とすことにつながるということです。
血管は全身の隅々まで行きわたっています。その血管が深刻なダメージを受ければ、ただでは済まないのは明らかです。
特に、毛細血管は影響を受けやすく、毛細血管が集中する網膜、腎臓、手足に現れる障害の「糖尿病網膜症」「糖尿病腎症」「糖尿病神経障害」は三大合併症と言われ、起こる可能性が高い合併症です。
また、太い血管が影響を受けると大血管障害と呼ばれる、脳梗塞・心筋梗塞など直接命にかかわる病気を引き起こすこともあります。
この中で近年問題になっているのは「糖尿病腎症」です。糖尿病腎症末期なると週に数回の人工透析を受けなければいけなくなります。
人工透析治療の医療費は、患者一人につき年間約500万円かかるようです。この医療費の大半が公費でまかなわれるのは大変ありがたいことだとは思います。しかし、人工透析を受ける患者さんが増えれば、私たち国民が負担する医療費が増えるという側面もあります。
では、なぜ高血糖が続いてしまい糖尿病になるのでしょうか?
以下が糖尿病専門医の解説です。
健康なひとは、食事をすると一時的に血液中のブドウ糖が増えますが、すい臓から出ている「インスリン」というホルモンによってブドウ糖を体内に取り込み、体内に蓄え、エネルギー源として使うことができる状態にしてくれます。このインスリンの働きによって、血糖値は一定の範囲内におさまっています。ところが糖尿病患者さんは、このインスリンが少なくなったり、効きが悪くなったりして、ブドウ糖をうまく血液中から体内に取り込めなくなってしまいます。そして血糖値が高い状態(高血糖)が長く続くと、さまざまな病気(糖尿病合併症)を引き起こします。
(永寿総合病院 糖尿病臨床研究センター 渥美 義仁先生)
インスリンが適切に働いているかどうかがポイントになると思います。もちろん、食事に気をつけ適度に運動をして体重の維持に努めることが大切ではあります。しかし、昔から人々の血液中にブドウ糖があふれていたのでしょうか?
糖質は砂糖だけではなく、私たちの主食といわれている米飯類、パン類や麺類すべてに含まれています。血液中にブドウ糖があふれるのは糖質をたくさんとるようになってからなのではないでしょうか?
糖質は高血糖の原因になるだけではなく、むし歯の原因にもなります。
約200万年前から約1万年前までを旧石器時代といわれています。人類が打ちくだいた石器を用い,狩猟採集を行い生活していた時代であり、農耕を始めるまでの期間で、土器がなく穀物をエネルギー源とできなかった時代です。言い方を変えると、一部の果実からのみわずかな糖質を得ていた時代です。
その時代ではむし歯はほとんどなく、2%程度であったようです。
約1万年前より世界各地で農耕が始まりました。
人類が一つの場所に住むようになり、狩猟や採集から農業で食料をえるようになったのです。土器が発明され、穀物をエネルギー源とするようになり、結果的に糖質を多くとるようになりました。するとむし歯の人の割合が約13%に増えました。
では現代はどうでしょう?
タンパク質、ミネラル類、ビタミン類や食物繊維が少なく糖質中心の食生活になりがちで、砂糖を多くふくんだお菓子や飲料などが身の回りにあふれています。
むし歯はとても多くなり、*約99%とほとんどの人が人生の中で経験する病気になりました。
*平成28年歯科疾患実態調査 50~54歳でむし歯のある人の割合
(「むし歯のある人」には過去にむし歯で治療をしたことがある人も含まれます。)
弥生時代、鎌倉時代、江戸時代、明治以降など各時代によってむし歯の割合の増減は多少あったようです。ただ、大きな流れで見ていくと、むし歯は農耕が始まって以降に増え、現代では世界的にほとんどの人がかかる病気になったと考えていただいて間違えはありません。
乱暴な言い方をすると糖尿病もむし歯も糖質を多くとるようになったことが原因で多くなった病気ということになります。
では、歯周病はどうでしょうか?
むし歯の原因菌であるミュータンス菌は砂糖などから酸を作り歯を脱灰してむし歯を作るだけではありません。ミュータンス菌が持つグルコシルトランスフェラーゼという酵素で砂糖などから不溶性グルカンというネバネバした物質を作ります。これが歯の表面にくっつき細菌のかたまりである歯垢となります。
歯垢がついていると、むし歯の原因になるだけでなく歯肉炎の原因にもなります。
そして、歯肉炎が継続することにより歯周病(歯周炎)を起こします。
つまり、直接的ではありませんが歯周病も糖質を多くとるようになったことが原因で多くなった病気といえます。
約1万年以上前の時代に近い食生活をすればよいのでしょうが、現実的ではありません。
(パレオダイエットなる旧石器時代食をまねることをコンセプトとするダイエット法も古くから勧められていたようです。現代の食事でも糖質制限の食事であれば同様の効果があるとも言われています。)
WHOでは糖尿病などの非感染性疾患(≒生活習慣病)とむし歯、歯周病などのお口の病気の共通リスクアプローチという考え方を提唱しております。
糖質に偏った食生活が糖尿病や循環器疾患などの原因になるだけはなく、むし歯、歯周病の原因になります。糖質に偏った食生活は共通リスク因子と言えます。
(共通リスク因子には喫煙、過度の飲酒などもあります。)
共通リスク因子に対して、セルフケアやプロフェッショナルケアを実践することにより、両方の疾患(糖尿病などとむし歯、歯周病)を効果的に予防できるという考え方です。
むし歯、歯周病にならない生活習慣が出来ていると、将来的に糖尿病や循環器疾患などの予防につながると思います。
むし歯と歯周病を予防するには以下のブログを参考にしてください。
むし歯
2017-3-3 歯みがきができていれば、むし歯にならないか? (重要)
歯周病
2017-10-24 やはり歯周病はなおらない? part1