前回の最後に書きました、アルツハイマー型認知症に対する「革命的治療プログラム」についてふれていきます。
認知症の半数以上を占めるアルツハイマー型認知症について、「36個の穴が空いた屋根、それがアルツハイマー病患者の脳である。」と主張しているのが
2018年5月5日放送 「世界一受けたい授業」にも出演したデール・プレデセン先生です。
彼の言わんとするところは
アルツハイマー病の根源とも言われているアミロイドβの蓄積は脳の正常な防御反応によるものである。ただ、脳に対する脅威が強力かつ持続的であると、防御するはずのアミロイドβ自体が過剰になり、逆に脳細胞を破壊するに至るということです。
正常な脳では脳細胞の保護・生育と破壊・縮小がうまくバランスがとられているのに対して、アルツハイマー病ではバランスがくずれ脳細胞が破壊・縮小の方向に傾いているのだとしています。
この破壊・縮小に向かう要因を「36個の穴が空いた屋根」と表現しているのです。
つまり、できてしまったアミロイドβを薬でなくすことが出来ても病気は良くならない。36個穴をふさいで雨漏りを止めないと病気の進行を止めることはできない。
ということです。
ここで36個の穴と言っておりますが、実際には36+αで50数個の生化学的な項目が挙げられています。
例)APPβ切断の減少、BDNF(脳由来神経栄養因子)の増加、インスリン感受性の増加、炎症の減少 など (36という数字にはあまりこだわらない方がよさそうです。)
ただ、「36すべての穴をふさぐ必要はない。一旦十分に穴を塞げば、残りの穴から雨が降り注ぐことはない。」とされています。
それぞれ個人の主要な原因を特定して対応していくことが大切なようです。
ご興味のある方はご一読ください。
本書の中でバランスがくずれ病気に向かうのは脳だけではないとありました。
具体的にはがんと骨粗鬆症が挙げられていました。
がん細胞は毎日私たちの体の中で多く生まれています。しかし、*NK細胞ががん細胞を退治してくれているのでがんにはならずにいることが出来ます。ただ、生活習慣やウイルスなどの影響によりがん細胞の増加に、NK細胞などの免疫機能が追い付かなくなるとがんになってしまいます。
骨粗鬆症は増骨細胞による骨の新成と破骨細胞による骨の破壊のバランスが悪い方向に向かっておきます。
*NK細胞-ナチュラルキラー細胞。白血球の一種であるリンパ球のひとつで、がん細胞やウイルス感染細胞などを見つけ攻撃する。
また、本書ではふれられておりませんが、むし歯もバランスが崩れて起こる病気です。
2017-3-3 歯みがきができていれば、むし歯にならないか?
で書いたように歯の表面の脱灰と再石灰化のバランスが崩れ、脱灰に傾くことによりむし歯が出来ます。
人間の健康(生物全般に言えることではありますが)は非常に精密で繊細なバランスの上で成り立っているようです。
36+αの要素を改善していく具体的な方法についても書かれていますが
つまるところ、食生活を改善する、運動をする、適切な睡眠時間、ストレスのコントロール、もちろんタバコは吸わない、お酒を飲み過ぎないそして歯周病のコントロールなどのお口の健康を保つことに要約されそうです。
これらは健康日本21で掲げられている健康寿命を延ばす要素の6つにそのまま当てはまりそうです。
この6つ以外の要素として、水銀などの有害な金属やカビの存在なども挙げられていましたが、大半は6つの要素に振り分けられます。
ただ、食生活の改善と一言で言っても、その内容は多岐にわたり、異論もありそうな内容も多々書かれておりました。
ここで、6番目の「歯・口の健康」に関することがどのような内容であったかを説明していきます。
「口腔内を不潔にすると全身性の炎症が促され、ジンジバリス菌のような細菌を脳に寄せ付けないようにしているBBB(血液脳関門)が破壊される。」
「アルツハイマー病で亡くなった人の脳を観察すると口腔内細菌などの病原体が見つかる。血液脳関門のバリアを失うと病原菌が脳に侵入する。」
「アルツハイマー病の患者の脳にはポルフィロモナス・ジンジバリス菌とこの菌が産生するタンパク質(毒素)が認められる。その他にフソバクテリウム・ネクロフォーラ、プレボテーラ・インターミディアなども見つかる。」など
このような説明が書かれていました。
つまり、歯周病菌もしくは歯周病菌の持つ毒素が脳に侵入することが、アルツハイマー病の原因の一つであるということです。
これらの内容は約4年前に鶴見大学探索歯学講座の花田信弘教授よりご提示いただいた、歯周病が認知症に関連しているというエビデンスと合致しますので、以下にご紹介します。
それは最も有名で悪名が高い歯周病菌であるPorphyromonas gingivalis ポルフィロモナス・ジンジバリスが脳に侵入しているというデータです。
Journal of Alzheimer’s Disease最新号の論文によると、歯周病菌P. gingivalisがアルツハイマー型痴呆の人の脳に侵入していました。脳には血管脳関門(blood-brain barrier, BBB)により歯原性菌血症が起きても細菌の侵入はあまりないのですが、P. gingivalis菌のLPSはBBBを突破します。*LPSは毒素ですから脳にダメージを引き起こすと思われます。(鶴見大学歯学部教育探索歯学寄附講座Facebookより)
*LPS(lipopolysaccharide)―歯周病菌などのグラム陰性菌細胞壁外膜の構成成分。脂質及び多糖から構成される物質(糖脂質)である。内毒素(エンドトキシン)であり、生物の細胞に作用すると、色々な影響を与える。
もう一つ
梅毒の原因にもなっている、スピロヘータといわれる螺旋菌の一種の歯周病トレポネーマが脳に侵入しているというデータです。
脳梅毒と同様に歯周病トレポネーマで認知症を発症する(出典:Miklossy Journal of Neuroinflammation 2011, 8:90)。解説:梅毒は梅毒トレポネーマ(スピロヘータ科トレポネーマ属Treponema pallidum)の感染でおこる病気です。トレポネーマに脳がおかされ、しだいに性格が変化して認知症になります(脳梅毒)。歯周病トレポネーマは梅毒トレポネーマの仲間ですから治療しないで放置すると、十数年かけて徐々に進行し、脳を含む全身の臓器を老化させます。近年アルツハイマー型認知症もP. gingivalisやトレポネーマなど細菌感染(歯原性菌血症)によって発症するとういう報告が増加しています。(鶴見大学歯学部教育探索歯学寄附講座Facebookより)
梅毒では梅毒トレポネーマ(梅毒の原因菌)が体内に長期間住み続け、脳に侵入し認知症を引き起こします。これを脳梅毒といいます。アルツハイマー病とは違いますが有効な抗生物質(ペニシリン)が開発される前は認知症の大きな原因でした。
梅毒トレポネーマの仲間である歯周病トレポネーマ(歯周病菌のひとつ)がポルフィロモナス・ジンジバリスと共にアルツハイマー病の原因に挙げられるというデータです。
本書では、私の専門分野に関すること(全体から見るとごく一部ではありますが)ではとても信頼性の高い内容が示されているといえます。
私はこの本に示されているプレデセン先生の理論を正しいとか間違えであるとか判断をする知識を持ち合わせてはおりません。ただ、この理論に少なからず期待を寄せています。理由は以下の三つです。
・塩酸ドネペジル(アリセプト)などの治療薬ではよくならないという現実
・生活習慣病は一般的に6つの要因が複合的に関連する
(栄養・食生活、運動・身体活動、休養、喫煙、飲酒、歯・口の健康)
・病気は平衡状態からの逸脱が原因になる事が多い
「革命的治療プログラム」とうたわれてはいるが自分の持っている知識や考えと整合性がとれ納得できる部分が多いからです。もちろん、提唱されているすべての原因や治療法が正しいかどうかは別ですが、大きな方向性として正解に近いような気がするということです。
誰しも画期的な薬や治療法を待ち望み、期待をします。しかし、必ずしも一つの薬や一つの治療法だけで病気が良くなるわけではないと思います。
「革命的治療プログラム」にご興味ある方は以下のサイトも覗いてみてください。
認知症回復ブログ アルツハッカー (2022/12/30 リンク切れ)
このブログは認知症の回復・改善方法を真剣に探求されている、すべての認知症患者さんへ向けて書かれています。UCLA大学ブレデセン博士による世界で初めて認知症患者さんの認知症症状を逆転させた症例報告と、その研究で用いられた治療プログラムを手がかりに、多くの探求や推察を行っています。・・・・・・・・・(「初めて当サイトを訪れた方へ」より)