絶対になりたくない病気の一つに認知症があります。
港区の子育て支援、高齢者支援や健康づくりなどの取り組むべき課題や計画を示す港区地域保健福祉計画というものがあります。この計画は3年ごとに(大きな見直しは6年ごと)提示されおり、この4月に平成30年度から32年度の計画が示されました。
この港区地域保健福祉計画は1冊の冊子になっていますが、そのP154には以下のように書かれています。
(3)口と歯の健康づくりの充実
食事、会話をはじめとした口腔機能は、人が生きていくための基本的な機能であり、個人のいきがいや生涯にわたる生活の質に深く関わります。口腔の健康を保つことは、生活習慣病を予防し、認知症の発症及び進行にも関連するなど、健康寿命の延伸に不可欠です。区民の誰もが、口と歯の健康づくりを総合的かつ計画的に推進し、健康で質の高い生活を送ることができるようにします。
最近、お口の健康が様々な病気に関係していることが知られるようになってきています。認知症にも関連するといわれて、なんとなくそうかなと思われる方もいるかもしれません。
あるいは、なんで関係があるのだろうと疑問に思う方もいるかもしれません。
今回は歯と口の健康がどのように認知症に影響を及ぼしているかの話をします。
認知症とは脳や体の疾患を原因として、記憶・判断力などの障害がおこり、普通の社会生活が送れなくなった状態のことです。実際にはアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症などがあり、アルツハイマー型認知症が半数以上を占めています。
上の図は神奈川歯科大学大学院歯学研究科社会歯科学講座の山本龍生教授が「健康長寿社会に寄与する 歯科医療・口腔保健のエビデンス 2015」(日本歯科医師会刊)で示した図です。
この図は、お口の健康を損なうと、どのようなメカニズムで認知症に進んでいくのかと治療などでそれをどの部分で防いでいけるかを国内外の文献からまとめたものです。
左上の歯周病がスタートになっています。
ここから、歯の喪失と慢性炎症の二つを経由して、認知症発症・認知機能低下に至っています。
歯周病は歯を失う原因の約40%と最も多い原因となっており、歯の喪失は咀嚼能力の低下につながります。
(もちろん、むし歯も歯を失う大きな原因で、約30%と歯周病についで多い原因になっています。この歯の喪失に関してはむし歯が原因のものも含めたものと解釈した方が良いと思います。)
咀嚼機能の低下とは、簡単に言ってしまうと噛みにくい状態ということです。
次のレントゲン写真をご覧ください。
上の奥歯が両側ともなく、部分入れ歯を入れている方です。
上の前歯と下の奥歯は歯周病が原因でぐらつく歯が数本あります。また、部分入れ歯も後から抜けた歯をそのままにしていたのでがたつきもありました。
このように、自分の歯もぐらつき部分入れ歯もがたつく状態は、歯の喪失による咀嚼能力低下の典型的な1例です。
咀嚼能力の低下が長期間にわたり続くと、脳の認知領域の変化と食品選択の変化につながります。
脳の認知領域の変化とは、噛むことによる脳への刺激が少なくなるために、脳の認知領域の変化の*退行性変化が起こるためのようです。
*退行性変化―細胞や組織そのものが変化したり、様々なものが沈着したりすることで病的な状態への変化すること。
もう一つの食品選択の変化は
2017-1-15 お口の健康がなぜ健康寿命に影響するか? part1で触れた通りです。
歯を失い噛みにくくなると、噛みにくい食品群を避け、その代わりに穀類などのかみやすい食品を食べる割合が多くなり、たんぱく質・ミネラル類・ビタミン類・食物繊維の割合が少なくなり、栄養のバランスが崩れてしまうのです。
生野菜などの食べる量が減り、ビタミンなどの栄養素が不足します。このビタミンなどの栄養不足は認知症のリスク要因になります。
歯周病からのもう一つの経路である慢性炎症ですがこれは
2017-2-2 お口の健康がなぜ健康寿命に影響するか?part2の内容が参考になると思います。
歯周病は長期間にわたる慢性炎症のため、歯肉の炎症から様々な炎症性の物質が血液中に流れ込みます。さらに歯周病菌をはじめとする口腔内細菌も同じように血液を介しての全身の臓器に達します。この炎症性物質と歯周病菌などが認知症の原因や増悪因子として注目されています。
図1口腔保健から認知症発症及び認知機能低下までの想定経路の中で赤い線が3本あります。
矢印をブロックする様に引かれています。
かかりつけ歯科医院による保健指導(適切な保健行動、セルフケアを促す)や治療により、歯周病から歯の喪失と慢性炎症へ移行することが防止できると言ことです。
また、不幸にして歯を失っても、補綴治療(義歯、ブリッジ、インプラント)を行うことによって、咀嚼能力の低下を防ぐことが出来ます。
つまり、適切なセルフケアとプロフェッショナルケア(治療)が認知症発症・認知機能低下を未然に防ぐ可能性が十分にあるということです。
レントゲン写真の患者さんですが、約半年をかけて以下の治療をいたしました。
①歯周病が原因で保存することが無理と判断した歯を2本抜きました。
②残った歯の歯周病の治療をしました。
③新しいブリッジを作りました。
④入れ歯を修理しました。
①は歯周病から慢性炎症への矢印をブロックします。
(極論ですが、歯がなければ歯が原因の慢性炎症は防げます。)
②は歯周病から歯の喪失と慢性炎症への矢印をブロックします。
③、④は歯の喪失から咀嚼能力の低下への矢印をブロックします。
これで、とりあえず治療は終了ですが、歯周病は慢性の病気で治ることはありません。
2017-11-30 やはり歯周病はなおらない? part3 で書いたように
定期的なクリーニングを続けることにより、歯周病から歯の喪失と慢性炎症への矢印を継続的にブロックしていくことが可能になります。
昨年からブログを書くようになったのですが、先々のブログの題材やそれに関する資料を集めながらブロブを書いております。以前から3回シリーズで認知症に関すること書こうと計画をしておりました。
その折に、自分としては衝撃的なテレビ番組を偶然目にしました。
これにより、3回シリーズの内容を変更することにしました。
2018年5月5日放送 世界一受けたい授業 デール・プレデセン
「認知機能低下は治せる!防げる!初期のアルツハイマー病の9割が改善する新たな治療法とは⁉ 」
ちょっと眉唾っぽいタイトルではあります。
アルツハイマー病は認知症の約50%以上を占めるといわれています。現在、アルツハイマー病を含めて認知症は進行を遅らせる程度の治療しかないと認識しておりました。
初期とはいえ「9割が改善する」あるいは「治せる」というフレーズが胡散臭いイメージに感じました。
ただ、話を聞いてみると腑に落ちる点もありましたので、彼の著書をさっそく読んでみました。
(案の定ですが、放送直後でしたのでAmazonでは欠品しておりましたが、2週間ほどで手元に届きました。)
アルツハイマー病 真実と終焉”認知症1150万人”時代の革命的治療プログラム
まず、この本に書かれている「革命的治療プログラム」というのは、現時点では全く一般的なものではありません。(だから革命的なのでしょうが)
ただ、認知機能低下を防ぐ一つのポイントとして、歯周病菌の存在を挙げていました。他の認知症関連の本では見られなかったことです。
とても気になる内容なので、次回紹介させていただきます。
※このブログのレントゲン写真はご承諾をいただき掲載しております。
おまけ
図1口腔保健から認知症発症及び認知機能低下までの想定経路 の右上にかかりつけ歯科医院という項目があります。
適切なセルフケアとプロフェッショナルケア(治療)には欠かせない要素だと思います。
2012年に首都大学教授星旦二先生(現名誉教授)と私が所属する芝歯科医師会・*芝エビ研究会の共著で出版いたしました。
本書中の「かかりつけ歯科医をもつ17人の体験談」には、当院の患者さん2名が執筆されています。また、座談会の章では、私が話をしました事も書かれております。
ご興味のある方はご一読ください。
(当院にも数冊の在庫がございますので、定価の7割でお譲りすることが出来ます。)
*芝エビ研究会-「芝歯科医師会から世界にエビデンスを発信する」との意味の研究会です。正式には「かかりつけ歯科医の意義を科学的に明確にする研究会」という長い名称があります。