歯を失う原因の第一位と第二位は
言わずと知れた歯周病とむし歯です。以前のブログで紹介しましたように8020推進財団の調査結果でも明らかです。
歯周病は約42%でむし歯が約32%で、この上位二つの原因で全体の3/4を占めています。次に多いのがその他の13%になりますが、このその他のほとんどが親知らずの抜歯です。つまり、歯を失うというよりは、不要な歯を抜いたということになります。
すると11%の破折が歯を失う第三の原因として浮上します。
この破折はもちろん歯の破折ですが、転んだなどで歯をぶつけての破折ではありません。怪我などによるものはその他に分類されています。
歯を失う原因になる破折は歯根破折です。顎の骨の中に植わっている歯の根が割れてしまうのです。
次のレントゲン写真が代表的な歯根破折の例です。
この写真のようにいきなりぱっかり割れるわけではありません。最初は根の一部にヒビが入ります。このヒビはレントゲン写真にはほとんど写りません。
患者さんが痛みや違和感を訴えられても原因がわからず、しばらく経ってから破折がわかるケースも多いです。
上の写真のようになるには最初にヒビが入ってから数年は経っていると思われます。破折を起こしていても、ほとんど症状がない場合もあります。ただ、一度ヒビが入って割れてしまうと、いずれ抜かなければなりません。
このように歯根破折を起こす歯の多くは、むし歯で神経を抜いている歯です。神経を取らなければいけないようなむし歯はとても大きなむし歯があった歯です。健康なエナメル質や象牙質が少なくなっているわけですから、健康な歯に比べて弱いのは当然です。
神経を取ると残っている歯が弱くなるわけではありません。単純に歯の量が少なくなっているためです。同じ神経を抜いている歯でも、たくさん歯が残っている方が割れにくいと感じています。
ではなんで歯が割れてしまうのでしようか?
硬いものを多く食べているからでしょうか?
全てとは言えませんが、くいしばりが原因と考えられています。
いつ、くいしばるのでしょうか?
昼間と夜中(就寝時)の両方です。
昼間はくいしばるというよりは、上下の歯を無意識にかみ合わせているといった感じでしょうか。食事をしているとき以外に上下の歯をかみ合わせることを、歯列接触癖・TCH(Tooth Contacting Habit)といいます。本来、歯が接触している時間は食事中や会話をしている時などで、1日のうち17.5分程度しかないようです。
どの様な時にTCHが出てしまうのでしょか?
集中して仕事に打ち込んでいる時?
さまざまなストレスを感じる時?
筋トレなど健康のために運動をしている時?
患者さんによってはテレビを見ている時になぜがすごくかみしめてしまうとおっしゃっていた方がいました。
子供のころから口を開けている事を注意されて、口を閉じると同時に上下の歯をかみ合わせる癖が出来てしまった場合?
口を閉じるのは口の周りの表情筋の役目です。かみ合わせるのは咬筋や側頭筋といった咀嚼筋の役目です。きちっと唇をむすんでいても、上下の歯の間には1~3mm程度のすき間があるのが正常な状態です。
かみ合わせるのと唇を閉じるのは全く別の動作です。
意識的に咀嚼筋の力を抜いて、上下の歯をかみ合わせないようにしましょう。
一方、夜中(就寝中)のくいしばりはどうでしょうか?
自分が寝ている時にどうしているか、わからないのが普通だと思います。歯ぎしりは大きな音が出たりしますので、注意をされて自覚している場合が多いですが、くいしばりは音が出ませんので自覚している方は少ないようです。
どのような方を夜中のくいしばりをしていると疑うかというと
両側の頬の内側に歯のかみ合わせにそったスジがみられる方や舌の歯に接触する部分にギザギザと歯の痕がついている人です。また、歯の側面に鋭いくさび上のくぼみが出来ている人もそうです。
歯ぎしりで大きな音が出る方でも、起きている時に同じような音を出して歯ぎしりができる人はあまりいません。つまり、寝ている時の歯ぎしりは、起きている時にはできないくらいの力で行っていることになります。
くいしばりも昼間のTCHや硬いものを食べる時と比べ物にならない力で行っているので、頬や舌に痕がつくのだと思います。
TCHや夜中のくいしばりは歯根破折だけではなく顎関節症の大きな原因になります。また、歯周病の悪化、知覚過敏、歯の摩耗やセラミックなどの冠を破折させる原因になる事もあります。
昼間のTCHがどの程度夜中のくいしばりに影響しているかははっきりしていませんが、対策としては以下の事が考えられます。
・TCHは良くない癖なので極力なくす。
(顎関節症の予防にはTCHをなくすことが有効と言われています。)
・歯に対するダメージを少なくするためにナイトガードをつけて寝る。
(夜中のくいしばりは意識的になくすことは無理です。)
ナイトガード(マウスピースの一種)
ナイトガードは保険診療で作ることが出来ます。(3割負担で3,000円程度です。)
神経を抜いている歯だけではなく、全く健康な歯も割れることがあります。
それだけ寝ている時の食いしばりによる力はとても強いのです。
このレントゲン写真は食いしばりにより根の先が割れたと思われる例です。
むし歯もなければ、治療もしていません。
最初のレントゲン写真では破折はわかりませんでした。歯周病で骨が溶けているという診断で歯周病の治療を継続しておりました。食事もほぼ普通にできていたのですが、数年経過して歯根が破折していることがレントゲン写真で確認できました。最終的には抜歯することになりました。
私も実は下の両側の第二大臼歯が破折してしまいました。二本とも神経のある歯です(そのうち一本はむし歯の治療もしていない健康な歯でした)。幸い歯冠部と一部歯根の破折だったので、神経は取らなければいけませんでしたが、歯を抜くには至りませんでした。
私も若い頃より夜中の食いしばりがあったようです。
今はもちろん、夜はナイトガードをつけています。
抜歯処置は50歳以降増え始めますが、それぞれの年代別の抜歯の原因の割合の移り変わりを示したのが下のグラフです。
10歳代では矯正による抜歯やその他(親知らずの抜歯)がほとんどです。むし歯による抜歯は30歳代をピークに少しずつ減っていきます。40歳代以降は歯周病によるものが増え、最も多い原因をキープし続けます。同じく40歳代になると破折によるものも増加し、その割合が減ることはありません。
歯が少なくなると、その少ない歯に力が集中します。すると破折が起こりやすくなる場合があります。
晩年に虎の子の歯を泣く泣く抜くことになる・・・
治療に長期間通い、毎日のセルフケアに時間を割き、むし歯と歯周病をどうにかコントロールできていると思った矢先に、歯根破折で歯を抜くことになる・・・
患者さんにとっても、私たち歯科医にとっても痛恨の極みです。
第三の原因といっても決して侮れません。
※レントゲン写真はご承諾をいただき掲載しております。