舌がん ステージⅣ Stage For~? 

昨年(2019年)2月に舌がんのステージⅣであると公表し、手術を受けられた歌手の堀ちえみさんが、10月にその闘病生活を綴った本 Stage For~ 舌がん「ステージ4」から希望のステージへ を出されました。
今回は舌がんに代表される口腔がんの早期発見について考えていきます。

舌がんステージⅣ

舌がんステージⅣとは

最初に舌がんのステージⅣとは何かです。
がんの進行度合い表す分類をステージ分類といい、ステージⅣとはもっとも進行したステージであること示します。

同じステージⅣでも、堀さんのように手術のみで、抗がん剤治療などの追加の治療なしに無事に退院できる方もいれば、末期がんで手の施しようもない方までいます。一口にステージⅣといっても、実はとても幅が広いのです。

以下が口腔癌診療ガイドラインのステージ分類の表です。

口腔がんステージ分類

T-がんの大きさや範囲による分類
N-リンパ節への転移の有無による分類
M-違う場所への転移の有無による分類

ステージ分類の詳細は、国立がん研究センターのHPをご覧ください。

堀さんの舌がんステージ

堀さんの舌がんのステージは、本に書かれている内容から判断すると、ステージⅣA(赤丸)と思われます。

口腔がんステージ分類(堀さん)

ステージⅣの中でも、もっとも進行していない時期に分類されます。
ステージⅣの中でも初期の段階で手術ができたのは、不幸中の幸いなのかもしれません。

しかし舌がんと診断を受ける半年以上前から、かかりつけ歯科医に舌の痛みを訴え、治療を受けていました。

不幸にも半年の間、舌がんの診断を受けないまま時が経過。そして歌手生命が絶たれるような大きなダメージを、治療により受けざるおえなくなりました。ご本人としてはやり切れない気持ちがあるのは当然です。

本文中には
どん底に落ちたら、今度は真っ黒な感情が、心の中にむくむくと湧いてきました。
それは、「口内炎でしょう」と言い続け、がんを見つけてくれなかったリウマチ科と歯科の医師に対する、恨みと怒りの気持ちです。
(中略)
なぜ、「薬の副作用の口内炎」だと思いこんだの・・・・・?
(中略)
どん底ではなく、底なし沼に落ちたような気持でした。

当然の心情だと思います。
また次のようにも書かれていました。
もしあの時、「口内炎が2週間以上経っても治らなければ、舌がんを疑った方がいい」ということを、私を診た歯科やリウマチ科の医師たちが知っていれば、ステージ4までにはいたらなかったかもしれません。
万が一、2週間以上口内炎に悩まされている方がいらしたら、今すぐに口腔外科で検査を受けてほしい。そうした警鐘を鳴らす意味で、公表した方がいいのではないか。

まさに口腔がんの早期発見の重要性を、多くの人に啓発するための公表でもあり、本の出版です。

なぜ発見が遅れたか

では本当に、堀さんを診察した医師は「口内炎が2週間以上経っても治らなければ、がんを疑った方がいい」ということを知らなかったのでしょうか?

真偽のほどはわかりませんが、少なくとも歯科医師はこのことを知っているはずだと私は思います。

考えられる原因は先入観ではないかと推測します。
先入観に囚われ、判断したことが実は誤りだったことは誰でも経験があることではないでしょうか。

普通の口内炎は2週間もすれば治るか、治らないまでも明らかに良くなっています。しかし実際には、2週間以上治らない口内炎もあります。どのような場合かというと、極端に体力が低下している場合、口内炎ができる全身的な病気の場合そして薬の副作用でできる場合などがあります。

堀さんは以前からリウマチを患い、リウマチ治療薬を服用していたようです。
この治療薬の副作用には口内炎があります。

先入観

口内炎ができるのは「薬の副作用だからしようがない」と、歯科医師も思いこんでしまったのでしょう。言い訳にはなりませんが、不運な部分があったとは思います。

またレーザー治療で一時的に、良くなったように見えてしまったことも重なる不運です。
(口内炎と診断して、レーザー治療を施したことが、がんの進行を速めた可能性もあります。)

ただ口内炎の主な症状は接触痛(せっしょくつう)です。接触痛というのは、食べ物や刺激のある液体がそこの部分にふれた時に痛むことです。でも堀さんの場合は、夜に寝られないくらいの痛みがあったといいます。これは接触痛ではなく自発痛(じはつつう)といいます。

強い自発痛があったのなら、口内炎以外の病気を疑わなければならないのではないか。
もしこのように問われたなら、その通りであると答えるしかありません。

この本を読んで、歯科医師である私は可能な限り初期の段階でがんを発見する責務があることを、今更ながら痛感いたしました。

一般の方々にとっては、お口の中にもがんができることを知っていただくよい機会になると思います。お口の中に異常と感じたら、早めの受診を心がけていただきたいと思います。

口腔がん検診の重要性

初期の口腔がんはほぼ無症状の場合もあり、歯科医院に足が向かない程度のささいな症状の場合もあります。

そこで重要になってくるのが口腔がん検診です。

港区では平成29年度より、40歳以上を対象に年1回の口腔がん検診が受けられるようになりました。もちろんこの検診は、舌がんに代表される口腔がんの早期発見と口腔がんに関する知識の普及・啓発を目的としています

当院でも平成29年から昨年までの3年間で、500名以上の方の口腔がん検診を実施いたしました。

進行した口腔がんは歯科医師なら誰が見ても、すぐにがんだとわかります。しかし本当に初期のがんは、がんかどうかわからないような姿をしています。実はとても悩ましいのです。

口腔がん検診を受けると、がんがあるかどうかがわかると思われるでしょうが、残念ながらそうではありません。口腔がん検診結果のお知らせは、以下の三つのいずれかになります。

異常なし:現時点で口腔がんは認められませんでした。
要経過観察:軽度の変化を認めますので経過観察が必要です。
要精密検査:専門病院での精密検査が必要です。

最初の「異常なし」は文字通りで、ほとんどの方の検診結果はこれになります。

次に多いのは「要経過観察」です。
軽度の変化とは何でしょうか?
明らかな良性腫瘍と思われる場合や現時点で明らかに悪性の疑いのない粘膜(舌、歯肉などの歯以外のお口の中の表面)の変化などです。

悪性つまりがんの疑いがある場合は、最後の「要精密検査」となり、専門病院を紹介することになります。

実際の検診では、舌、歯肉、頬や唇の内側などに異常が見られることがあります。
しかしこの異常が、口内炎なのか初期がんなのか、はたまた何らかのキズなのか、わからないこともあります。
そこでキーワードになるのが「2週間」です。

港区の口腔がん検診では、原因がはっきりしない異常がある場合は、2週間後にもう一度検診をすることになっています。口内炎や何らかのキズであれば、2週間後には治っており、検診結果は「異常なし」になります。

明らかな口内炎の場合でも、受診者の方とお話をして2週間の経過を見ることもあります。

わずかな異常だけで、すぐに「要精密検査」とするには抵抗がある場合もあります。2週間後にもう一度、確認することによって、自信をもって判断できます。
受診者にとって2週間後にもう一度、来院するのは負担になると思います。しかしこれが、見落としを可能な限りなく少なくする重要なステップなのです。

もちろん明らかに悪性の疑いがある場合は、2週間を待たずに専門病院を紹介いたします。
最後のおまけで
当院での3年間の「要精密検査」と判定した方の精密検査の結果をまとめました。ご興味のある方はご覧ください。

堀さんは舌の約60%を切除したようです。舌がんの重症な方では舌をすべて摘出することもあります。約半分でも自分の舌が残っているのは、最悪の状態ではないのですが、とても不自由であることには変わりありません。

ステージⅣの舌がんから社会復帰すること自体は奇跡というほどのことではありませが、ステージⅣの舌がんから歌手として復帰するのは、奇跡といえるかもしれません。懸命にリハビリに励んでおられるようなので、奇跡を期待しています。


おまけ
当院では平成29年度から昨年度までの3年間で、500名以上の口腔がん検診を実施いたしました。そのうち7名が要精密検査となり専門病院を紹介いたしました。精密検査の結果は以下の通りです。幸いにもがんの方は1名もいらっしゃいませんでした。

①CT検査の結果、骨膨隆(こつぼうりゅう)と診断
上の一番奥の歯と喉につながる部分の間に異常な膨隆がありました。はっきりとした病名はつかないが、腫瘍ではないという診断です。
生検(せいけん)の結果、腫瘍性ではないという診断で、経過観察
生検というのは、異常が見られるところの一部もしくは全部を切取り、顕微鏡で病理組織検査を行うことです。腫瘍ではないという診断です。
③良性腫瘍の疑いで、経過観察
④生検の結果、扁平苔癬(へんぺいたいせん)の診断で、経過観察
扁平苔癬とは、原因不明で炎症をともなう治りにくい病気です。以前は前癌状態の一つと言われていましたが、現在ではほとんどがん化することはないとも言われています。
白板症(はくばんしょう)、生検の結果、OEDの判定で経過観察
白板症とは、お口の中の粘膜にできる白い病変で、こすっても剥がれないものをいいます。口腔潜在的悪性疾患の代表的な病気で、がん化する可能性があります。
⑥白板症、生検の結果、OEDの判定で全摘手術
⑤と同じ白板症でOEDの判定ですが、異常の範囲が広く、表面の状態からがん化する可能性が極めて高いという判断で、全身麻酔下で異常な部分をすべて切除する手術をしました。
⑦白板症、生検の結果は悪性所見がなく、経過観察

ここで注目していただきたいのが、⑤と⑥です。

2例とも白板症ですが、この白板症は紅板症(こうばんしょう)とともに口腔潜在的悪性疾患(前癌病変とも言われていました)とされ、がん化する可能性があります。

また生検後の病理組織検査でOEDと判定されました。OED(口腔上皮性異形成oral epithelial dysplasia)は上皮内腫瘍を疑うが反応性異型病変との鑑別が困難な境界病変と定義されています。つまり現時点ではがんではないが、がんとの境目だという判定になります。

白板症や紅板症で病理組織検査の結果がOEDの判定ならば、厳重な経過観察が必要です。⑥の方のように、がんになる前に切除する手術を受ける選択肢もあります。

がんの方がいらっしゃらなかったのは、なによりです。またOEDの方を2名発見することができたことは、口腔がん検診の成果だと思います。

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