会社で歯科健診がないのはなぜ?

今回は就労世代の健康づくりに関連する話題をとりあげます。
(ちょっとマニアックな話題&長文です。)

企業内風景

ご自身あるいはお子さんやお孫さんについて。保育園や幼稚園から高校までは年に1回以上の歯科健診があったはずです。

ところが高校卒業以降あるいは就職してから、歯科健診はあまりありません。
歯科健診を実施している企業も、少数派ながらあることはありますが。

この高校などを卒業してからは歯科健診が、ほとんど実施されていない現実とその妥当性を考えていきます。

生成AIに聞いてみた

今はやりの生成AIに質問してみました。
OSがWindowsだと簡単に使える、Copilotを利用。

質問

学校健診には歯科健診があります。企業の一般健康診断に歯科健診がないのはなぜですか?

(企業では一般健康診断にて規定されている検査項目が実施されます。これには歯科健診が含まれていません。)

回答をまとめると以下です。
(回答全文は最後のおまけに載せています。)

  1. 法律・規制の違い
  2. 予防目的の違い
  3. コストと時間の制約

1.と2.は大きく法制度の問題と捉えられます。
法律の問題とコスト・時間の問題そしてその複合的な問題と解釈できると考えます。

法制度という根源的な理由だけでなく、歯科健診実施への動機づけが発揮しづらい理由も潜んでいる。

想像以上にまとまった回答でした。

法律の問題とは?

最も大きな理由は法律。つまり会社では歯科健診を実施する義務がない。

義務のある歯科健診

上の表のように、高校などを卒業するまでは年1回以上の歯科健診は義務となっています。

しかし高校など卒業以降は、学生になろうが就職しようが、歯科健診が義務となる環境はありません。(大学は学校保健安全法の対象ですが、歯科健診の義務はありません。)

卒後に就職すると、労働安全衛生法の対象となります。

就職後に唯一、法律で義務があるのは歯科特殊健診

有害物質(塩酸・硫酸・硝酸・フッ化水素など)により、歯や歯肉に障害が及ぶ可能性のある業務に従事する労働者のみの歯科健診です。

この歯科特殊健診は、労働安全衛生法のもと事業者(会社)が半年に一度実施する義務がある。

あくまでも有害物質によって、歯や歯肉にダメージが及んでいないかを調べます。歯科の二大疾患といわれる、むし歯と歯周病の有無を調べるわけではありません。(明らかなむし歯などがあれば、口頭で指摘はするはずですが。)

歯科健診を実施するか否かには、とても大きなキーワードがあります。

業務起因性・業務増悪性

その仕事をすることによって病気がおこり、その仕事を継続することにより悪化していく。

有害物質を扱う場合は、まさにこれに該当する。

労働安全衛生法の下では、実施する検査項目にはこの業務起因性・業務増悪性の有無がポイントになります。

むし歯、歯周病は業務起因性とはいいがたい。

労働安全衛生法(1972年制定)は労働者の安全を守るために制定された法律。この法律の目的は「職場における労働者の安全と健康を確保する」ことと「快適な職場環境整備の形成を促進すること」です。

乳幼児や児童・生徒を対象とした、母子保健法や学校保健安全法(それぞれの健康保持増進が主目的)とは趣旨が異なります。

よって会社では歯科健診はほとんどない。

法律の問題への対応

現状では歯科健診とはほぼ無縁な、労働安全衛生法。とはいえ昭和47年に制定され、約半世紀が経ちます。何らかの見直しがあってしかるべき。

実は昨年の12月から厚生労働省において、労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会が実施されました。

つまり見直しのきっかけがあった。

この検討会は労働者の健康を取り巻く状況は変化を踏まえてのものです。 状況の変化とは?

  • 急速に進む高齢化による職業生活の長期化(就労者の高齢化)
  • 女性の就業率の増加

今回の検討項目の一つに、歯科に関する項目がありました。

日本歯科医師会では、労働者が高年齢となっても活躍できる社会を実現するためには、一般健康診断の検査項目に、歯科健診を追加することを提案しました。

第7回資料3 表題

提案理由を簡単に示すと

  1. お口の健康を保つことが、高齢になっての就労には欠かせない。
  2. 歯周病は多くの全身疾患に関係している。
  3. しっかりとした嚙み合わせを維持することは、転倒防止につながる。
  4. 情報機器作業(PCやタブレット端末など)は顎関節症のリスクになる。

「業務起因性・業務増悪性」というキーワードが前提となっているので、このような提案になったと推測します。

残念ながら検討会での結果は、「労働安全衛生法に基づく一般健康診断に歯科健診を追加することは困難である。」と。

理由としては
業務起因性及び業務増悪性のエビデンスが乏しい。

そもそもむし歯及び歯周病は業務起因とはいいがたい。転倒に関してはどうしても高齢者のみのデータになる。顎関節症の原因は情報機器作業以外にもある。

もう一つの理由として
歯科健診実施の体制に課題がある。また健診に代わる検査キットも確立されていない。

これらの問題に対して、提案者(日本歯科医師会)は十分に答えられていないという判断をされたのでは。

「業務起因性・業務増悪性」が大前提になると分が悪い。しかし今回の見直しは、就労者の高齢化という状況の変化によるものではなかったのか

コストと時間の問題への対応

一般健康診断に歯科健診を追加するとなると、コストと時間の問題が発生します。

新たなコストや時間をかけるとなると、足を踏み出しにくいのは理解できなくはありません。(コストを負担するのは会社や健康保険組合)

どうしてもハードルが高いというのであれば、簡単な検査キットでスクリーニングするという案もあります。

厚生労働省の「生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)推進事業」という事業があります。

この歯科健診を推進する事業での最大の問題は、就労世代の歯科健診受診率は低いという現実です。そこで簡単な検査キットで歯周病等のリスクをスクリーニングし、歯科医療機関受診につなげていくことも検討されています

そんな簡単な検査キットがあるのか?
実はあります。

私が所属する港区芝歯科医師会では、毎年新橋SL広場にて、イベントとして無料の歯周病検査を実施しています。
“唾液でカンタン歯周病チェック!”

2024年6月4日SL広場イベントの様子
2024年6月4日 JR新橋駅西口SL広場

このSL広場イベントで使用している唾液検査キットが、スクリーニングのための簡単な検査キットです。

無糖ガムを5分間噛んで、唾液を出してもらいます。その唾液を臨床検査会社で分析して、歯周病リスクの有無を判定する。

イベントでは私たち歯科医師会会員(歯科医師)が対面で唾液検査をしていますが、実際は説明書を読みながら、ご自身で唾液検査ができます。

栄研化学唾液検査キット
栄研化学(株) 歯周病唾液検査用唾液採取セット

この唾液検査にかかる時間はせいぜい10分程度です。短時間です。

一度に何百人も同時に行うことができ、歯科医師などの専門職がついている必要はありません。

会社で就業時間内に十分実施可能。
検査結果は1週間程度でわかります。

その結果により、リスクの高い従業員のみに、追加の歯科健診を行う。あるいは自身での歯科医院受診を勧奨する。この辺りはそれぞれの会社に委ねることになるのかなと思います。

もちろん全員に歯科健診を実施するのが、理想なのは言うまでもありませんが。

現在私たち芝歯科医師会では、この唾液検査キットの有用性を担保する研究事業に取り掛かっています。

そして厚生労働省や日本歯科医師会に、アピールしていきたい。

労働者の高齢化を見据えた取組

中央労働災害防止協会から毎年出版される、労働衛生のしおりというハンドブックがあります。

このハンドブックは労働衛生に関する最新の情報や対策を網羅し、職場の健康管理や労働衛生対策に役立つものです。

令和6年度版で、健康保持増進対策の基本的な考え方が示されています。その中に「労働者の高齢化を見据えた取組」という項が。

その中で「労働者が高齢期を迎えても健康に働き続けるためには、心身両面の総合的な健康が維持されている必要があり、・・・」という一文があります。

要点としては、若いころ(いわゆる就労世代)からの予防が必要だと

当たり前のことですが、実はおろそかになりがち。労働者の高年齢化がすすむ中、重要度が増しています。

2022-7-18 歯の病気の特徴
むし歯と歯周病の歯科の二大疾患の特徴をまとめました。

最も重要な特徴は、治らない病気(蓄積性の疾患)であること。
ダメージが蓄積されていき、最終的には歯を失うことに。

若いうちはダメージも軽微ですが、高齢になればなるほど蓄積されたダメージが甚大となり、健康にも悪影響を及ぼします。

ということは若い就労世代の歯科健診受診が大きなカギになることは、理解していただけると思います。

ところが前項でも触れたように、就労世代の歯科健診受診率は低い

歯科健診受診率
厚生労働省資料 歯科口腔保健の推進に向けた取組等について(2024年3月11日)

上のグラフのように、30、40歳代の受診率が低調です。

せっかく労働安全衛生法の見直しのきっかけがありましたが、残念な結果に終わっています。

いつもまでも「業務起因性・業務増悪性」ファーストでは、令和の時代の職場の健康管理や労働衛生対策の重要なポイントを反映していない。と感じています。

「労働安全衛生法に基づく一般健康診断に歯科健診を追加することは困難である。」というのは、今回の検討会の「中間とりまとめ」中の一文です。

今後この内容を踏まえ、必要な健康確保対策について議論が行われる予定とのこと。

就労世代の健康対策が実効性のある方向に、少しでも進んでいくことを期待したいと思います。(先の「中間とりまとめ」には、口腔内の健康を保つことに意義があることも、しっかりと記載されています。)

一方でわれわれ歯科医師会も、実際に歯科健診が実施できる体制を整えること、リスク判定のスクリーニングツールを構築していくことの必要性を痛感しています。


おまけ

2024年11月6日にMicrosoft Copilotを使用して、以下の質問をしました。
(質問と回答の全文です。)

質問

学校健診には歯科健診があります。企業の一般健康診断に歯科健診がないのはなぜですか?

回答


学校健診には歯科健診が含まれている一方で、企業の一般健康診断に歯科健診が含まれていない理由は、いくつかの要因があります。

法律・規制の違い: 日本では、学校健康診断が法律で義務付けられており、その一環として歯科健診が含まれています。企業の一般健康診断は主に労働安全衛生法に基づいて実施されており、歯科健診はその中に含まれていないことが多いです。

予防目的の違い: 学校健診では、成長期の子供たちの健康を総合的に管理することを目的としています。子供の歯の健康はその後の生活に大きく影響するため、歯科健診が重要とされています。一方、企業の健診は労働者の健康管理と職場の安全性を確保することが主な目的であり、歯科健診の優先順位が低いとされることがあります。

コストと時間の制約: 一般健康診断には多くの検査項目が含まれており、全ての従業員に対して実施するためには時間とコストがかかります。歯科健診を追加することで、さらにコストがかかるため、企業側が実施を避けることが多いです。

とはいえ、歯の健康も重要ですので、個人で定期的に歯科健診を受けることをお勧めします。何か他に気になることがあれば教えてくださいね。


最後の「とはいえ、歯の健康も重要ですので・・・」の一文は、秀逸。

回答を思いっきり丸めて言うと
義務がなく、優先順位が低い(と考えられている)。
新たなコストと時間をかけたくない。

ということかな。

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