私が歯科校医を務めている港区立白金小学校の学校保健委員会にて、6年生を対象に「実は、なおらない歯の病気」のミニ授業を行っています。今回はこの授業内容の一部についての話です。
ここで話をする歯の病気とはむし歯と歯周病です。
「 お口の健康がなぜ健康寿命に影響するか?part1」で書いたように、必要な歯を抜かなければいけなくなった原因の90%ちかくが、むし歯と歯周病だからです。
むし歯と歯周病は、ほかの体の病気ではあまり見られない、2つの大きな特徴があります。
一つ目の大きな特徴は、かかっている人がとても多いということです。
厚生労働省が6年ごとに実施している歯科疾患実態調査という調査があります。歯、歯肉やかみ合わせの状況などを調べ、今後の歯科保健医療対策に役立てることを目的としています。前回は平成23年に実施され結果が公表されています。(今年が6年目になりますので、11月ごろに実施されるはずです。)
この平成23年の歯科疾患実態調査の結果を見ていくと
45歳~54歳のうち、むし歯になったことがある人の割合が99.1%となっています。ほとんどすべての人ということです。
この「むし歯になったことがある人割合」は正しくは「処置歯・未処置歯のある者の割合」となっています。つまり、治療をしていないむし歯がある人だけではなく、以前にむし歯の治療をした人も含まれての数字です。
治療が済んでいる人まで加えて、意味があるのかと思われる方もいるかもしれません。この理由は後ほど説明します。
(ちなみに治療をしていない人が一番多かったのは、20歳~24歳の43.8%です。)
一方、歯周病の方はどうでしょうか。
45歳~49歳のうち、歯肉に所見(出血、歯石や歯周ポケット)がある人の割合は86.7%となっています。こちらも大多数の人がかかっています。(もちろん、軽症の人も含まれています。)
ふだん、診療室に訪れる40歳以上の患者さんをみても、歯周病でない方はほとんどいません。
それでは、歯科以外のいわゆる生活習慣病にかかっている人はどれくらいいるのでしょうか?
日本生活習慣病予防協会のサイトを見てみると
糖尿病にかかっている人は10%くらいで、予備軍の方も含めても20%くらいのようです。
当院に通われている方の中でも、糖尿病の薬を服用している人は10%程度はいるかもしれません。
そのほか、高血圧や脂質異常症などをみても50%を超えるような、大半の人がかかっている病気はないようです。
二つ目の大きな特徴は
病気がなおることなく、生涯にわたりダメージが積み重なっていくことです。(蓄積性疾患という言い方があるようです。)
では、むし歯のダメージが積み重なるというのはどのような状態でしょうか?
つたないグラフィックですが歯です。
むし歯になりました。
治療をしました。
元の歯の形にもどり、元と同じようにかめます。
でも、実際の歯はこのように小さくなっています。
また、むし歯になりました。
また、治療をしました。
元の歯の形にもどり、元と同じようにかめます。
でも、実際の歯はこのように小さくなっています。
ついには根だけになってしまいます。
小さい根だけになってしまうと、治療ができないので抜かなければなりません。むし歯はこのようにダメージが積み重なり、歯を失うことにつながります。
先ほど、むし歯にかかっている人の割合を示すのに、治療が済んでいる人も含めていると書きました。治療が済んでいる人を含める理由は、むし歯がなおらない病気であることにあります。1938年にKleinとう学者が「う蝕(むし歯)は蓄積性疾患であり、う蝕の正確な罹患状態を知るためには、総う蝕経験として把握すべきである。」と提案しました。その提案が世界的に受け入れられ、現在に至っています。
次に歯周病のダメージが積み重なるというのはどのような状態でしょうか?
歯周病は歯肉に炎症がおこり、歯の周りの骨である歯槽骨が少しずつ溶けていく病気です。歯みがきが不十分で、歯についている歯周病菌などの細菌によって引き起こされます。骨は一度溶けると元の状態には戻りません。
歯肉炎です
歯肉は腫れていますが、歯槽骨はまだ溶けていません。
この状態で歯みがきをしっかりと行えばよいのですが
さらに、歯みがきが不十分な状態が続くと骨が溶けはじめます。
初期の歯周炎(歯肉の炎症だけでなく、歯槽骨などの歯の周囲の組織にまで進行した状態)です。
骨が少し溶けはじめています。
この段階で適切な治療やセルフケアを行えば、骨が元に戻らなくても、これ以上の進行を防げます。
初期歯周炎では痛みはほとんどないので、放置をしてしまうとさらに進行していきます。
重症の歯周炎です。
かなり骨が溶けているのがわかります。
歯肉が腫れたり、硬いものがかみにくくなったりします。
ここまでくると、治療とセルフケアをかなり頑張ったとしても
進行を止めることはとても困難です。
そしてついに
まったくむし歯のないきれいな歯でも、ぐらぐらになり痛くてかめなくなると、抜くしかありません。
歯周病はむし歯ほど早いスピードで進行はしませんが、何十年かけて進行して歯を失う最大の原因になります。(まれにですが、侵襲性歯周炎といって急激に進行する歯周病もあります。)
※歯周病は大きく歯肉炎と歯周炎に分けられます。
誰もがかかり、病気のダメージが積み重なっていくのが、歯の病気の大きな特徴です。
このブログのタイトルのように「なおらない病気」ということになります。
では、どうして歯の病気になってしまうのでしょうか?
むし歯はむし歯菌、歯周病は歯周病菌とお口の中にいる細菌がいると起こります。しかしながら、お口の中にむし歯菌や歯周病菌がいるからといって、必ずむし歯や歯周病になるわけではありません。
じつは、生活習慣やそれぞれの人に元々備わっている抵抗力(だ液の量や質、骨の溶けやすさなど)に左右されますが、一番の原因は生活習慣になります。
具体的には歯磨きの習慣(フロスや歯磨き剤の使用も含む)、間食などの飲食の習慣や喫煙の習慣などになります。
(むし歯・歯周病のいろいろな原因や予防方法などは、今後のブログで順番に紹介いたします。)
「なおらない病気」という表現をしましたが、むし歯や歯周病にかかってしまっても、ダメージを積み重ねず重症化させなければ、歯を失うにはいたりません。もちろん予防が一番大切ですが、重症化を予防することが多くの人にとっての課題になります。
この「なおらない病気」むし歯・歯周病には
もう一つの大きな特徴があります。
それは予防が十分に可能であるということです。
病気になるメカニズムさえ理解すれば、毎日の生活習慣をほんの少し見直すだけで、簡単に予防できるのです。
※歯肉炎、歯周炎のイラストは日本ヘルスケア歯科学会の「歯の病気のやさしい説明」のスライドを改変して使用しております。