むし歯の話が続いたので、少し話題を変えたいと思います。
「きんさんぎんさん」を覚えていますでしょうか?
双子姉妹そろっての百寿長寿者として有名になりまた。お二人とも他界されて15年以上経っておりますが、1990年代にはCMをはじめとして多くのマスメディアに取り上げられ、人気者になりました。
2006年頃に高齢者歯科(介護予防、口腔機能向上など)の研究者として著名な日本歯科大学菊谷武先生の講演を聴講する機会がございました。この講演の冒頭で「きんさんぎんさん二人合わせて、歯は何本あったでしょうか?」と質問されました。
答えは「3本」だったと記憶しております。
妹のぎんさんが3本で、姉のきんさんは歯が1本もありませんでした。しかも、入れ歯はお二人とも入れていなかったようです。
「お口の健康がなぜ健康寿命に影響するか? part1」では、「歯を失い栄養バランスが崩れることが、健康寿命に影響する原因の一つであると考えます。」と書きました。
きんさんぎんさんも百歳を超えても「自分の歯でなんでも食べています。」ということであれば、話のつじつまが合ったのですが・・・
この事実に対して、どのような感想を持たれるでしょうか?
①歯の健康は長寿にはあまり関係ないのではないか
②この二人は特別な人で、一般の人にはあまり当てはまらないのではないか
③何か特別な健康習慣や秘密があったのではないか
健康日本21にありますように歯・口腔の健康が健康寿命の延伸に関連していることは明らかにされておりますので、①のように関係がないということはないはずです。
②のように特別な人たちであったことは間違えがないと思います。ただ、特別な人たちであったで済ませてしまっては元も子もありません。
③にあるように私たちが参考にすることができるような習慣などがあったのかどうかを、歯科医の立場から少しだけ探ってみたいと思います。
きんさんぎんさんについて書かれた本は多く出版されていますが、以下の二冊の内容から調べてみました。
妹のぎんさんの主治医とぎんさんのご遺体を病理解剖した解剖医が著者の本です。
フードコーディネーターである著者が、姉のきんさんの家に一年間通いつめてしるした食の記録です。
一冊目の「きんさんぎんさんが丈夫で長生きできたワケ」では、蟹江ぎんさんのご遺族の方の承諾をいただき、ご遺体を病理解剖した結果について書かれています。
108歳の病理解剖は大変珍しとのことですが、その年齢まで存命の方が少ないわけですから、とても貴重な資料になるのは間違いないと思います。
解剖をした結果、それぞれの臓器の特徴は以下のようでした。
・血管は柔らかく、動脈硬化はとても軽かった。
・胃の粘膜はとてもきれい。
・心臓には老化物質が多く蓄積され、心不全の原因になった。
・肺はスポンジのように柔らかかった。
・脳には若干の老人斑の沈着がみられ、軽度のアルツハイマー型認知症だった。
(脳の血管の柔らかさは保たれていた。)
・肝臓、すい臓、腎臓などの他の臓器は良い状態が保たれていた。
・どの臓器にもがんはなかった。
軽度の認知症であることは生前から診断されていたようです。また、心臓の老化物質の蓄積が心不全の原因になったということですが、これが無ければさらにご長寿でいたことでしょう。解剖結果を公表され、「ぎんさんの肉体年齢は80歳!」と新聞の見出しを飾りました。
ここで特筆することは、何といっても「血管の柔らかさ」つまり「血管の若さ」だと思います。
多くの生活習慣病は動脈硬化など血管にダメージが蓄積されることによっておきます。「血管の若さ」を保ったことが、健康長寿につながった一つの大きなポイントではないでしょうか。
次に、二冊目の「百六歳のでゃあこうぶつ」から探っていきます。
お断りをしておきますが、こちらは姉の成田きんさんの普段の食生活に迫った著書です。独断で、双子の姉妹でほぼ同じ年齢まで存命であったことで、お体の状態はほぼ同じであったのではないかという仮定で話をさせていただきます。
冒頭にも触れましたが、きんさんは歯が1本もありません。なおかつ、入れ歯はありません。歯が1本もないけど健康長寿であった、きんさんの普段の食生活にはとても興味がわきます。
きんさんの食事のモットーは
「三度三度、決まった時間にしっかり食べる」と最初に書かれていました。規則正しい生活は健康の根幹をなすものと考えます。食事だけではなく生活全般において規則正しい生活を心がけられていいたことが覗われる言葉です。
この本には朝・昼・夜の献立が数多く挙げられております。その中から、私が気になった献立、調理法などをいくつか紹介いたします。
お粥ごはん
きんさんの主食はお粥とごはんのちょうど中間くらいのやわらかいご飯で、箸でもつかめるかたさでした。
つまり、歯のない顎の土手でしっかりと咀嚼できるかたさのご飯をたいて食べていたということです。
野菜の煮物
かぼちゃ、サツマイモ、じゃかいも、里芋、長芋、大根などは一度茹でてから煮付けます。茄子は皮がかめないので、皮をすべてむいてから煮付けます。また、タマネギとニンニクのスライスを醤油とみりんで味付けした煮物は常備菜として、たびたび食卓にのぼります。
食物繊維、ビタミンやミネラルをしっかりと摂っています。
まぐろの刺身
これは「定番のでゃあこうぶつ」です。夕ごはんのおかずとして、週に五日も食べていたそうです。なじみの魚屋さんがやわらかい上等の赤身を河岸のまぐろ専門店から仕入れてきて、刺身に切って届けてくれました。
また、昼のおかずで最も多いのが煮魚でした。サバ、アジ、タイ、平目、きす、ぶり、鮭、いさきなどの多種にわたり、ときにはウナギの蒲焼きが食卓にのぼることもありました。
これら魚類には、必須脂肪酸として注目されているEPAやDHAのω3脂肪酸が豊富に含まれています。しなやかな血管を維持するのにとても役立ったのではないでしょうか。
そのほかにも
四季折々の旬の食材を使った料理が献立をにぎわせていました。
また、らっきょう、梅干し、リンゴ汁などひんぱんに食卓に添えられていました。
歯のないきんさんが健康長寿であったのは、食事の面から見てみると、次の二つの大きな理由が挙げられます。
咀嚼したり飲み込んだりする、お口の機能が十分に保たれていた。これは食材や調理法を工夫して、しっかりと咀嚼をして食事をする習慣があったからです。
もう一つは、バランス良くまんべんなく栄養素を摂っていたことです。同じく食材、調理法を工夫することにより可能になりました。普通は歯が少なくなると糖質中心の食事になり、必要な栄養素を摂りにくくなります。
(毎日、食事を用意するおよめさん?は大変だったことでしょう。)
きんさんの食事のこだわりは、私たちが将来のため参考に値することだと思います。
ただ、歯が多く残っていた方が楽に実行できるのは言うまでもありません。