今回もまた、NHK情報番組を題材にいたしました。
6月12日(水)放送の
ガッテン! 「新時代の日本人に警告!謎の“あごこり”SP」 です。
正直に言って、“あごこり”という言葉は聞いたことがありませんでした。もちろん何のことを言っているか想像はつきます。
今回の番組の要点は
日々ストレスにさらされる現代人(番組では「新時代の日本人」と表現)に多い顎の違和感(番組では“あごこり”と表現)を紹介。
悪化するとさまざまな不愉快の症状につながる顎関節症を予防していこう。
だいたいこのような感じだと思います。
番組では顎関節症の前の段階を“あごこり”と紹介しているような感じでしたが、正確には“あごこり”自体が顎関節症の症状です。
つまり顎関節症の症状を改善する方法や予防法を広めていこうという趣旨です。
このブログでは、番組で紹介された“あごこり”も顎関節症として話を進めていきます。
専門家として出演されたのは
日本大学松戸歯学部口腔健康科学(顎口腔機能治療学分野)教授の小見山 道先生でした。
小宮山教授は日本顎関節学会の学術委員会委員長も務められており、適切な人選です。
日本顎関節学会から昨年出された「顎関節症治療の指針2018」を切り口に話が展開されました。
一口に顎関節症と言ってもさまざまな症状があります
・顎の関節のあたりに違和感がある(痛みがある)
・口が開きにくい(あるいは大きく開くと顎が痛い)
・口を開け閉めする時に音がする
・硬いものがかめない
などです。
顎の関節あたりの違和感、痛みは
耳が痛いと言われる方が多くいらっしゃいます。これは耳のすぐ前に顎関節があるため、痛みの場所の区別がつきにくいからです。最初に耳鼻科を受診される方も見受けられます。
番組でも紹介されていましたが、「平成 28 年歯科疾患実態調査」をもとに顎関節に何らかの症状がみられる患者数を推定すると約 1900 万人にものぼるとのことです。決して珍しくなく日常的にみられる病気ということです。
私自身も振り返ってみると、過去に顎関節の違和感や硬いものがかみにくいという症状が。一時的ではありますが出たことがあります。
「顎関節症治療の指針2018」には、以下のようにはっきりと書かれています。
顎関節症は決してガンのように加齢と共に増加していく疾患ではなく,基本的に経過の良い疾患である。発症の主要な原因として咬合異常は考えにくい。
顎関節症の自然経過を調べた研究では,顎関節症は時間経過とともに改善し,治癒していく疾患であることが示されている。
疫学的には多くの顎関節症の徴候と症状は一時的で,基本的に self-limiting (自然治癒する)である。
簡単に言えば
年をとるとかかりやすくなったり、悪化する病気ではない。また、かみ合わせが原因と考えにくい病気である。適切なセルフケアで、自然に治るとこが多い病気である。
となります。
当院を顎関節症で受診された患者さんのほとんどは、顎関節症の成り立ちや原因を説明し、セルフケア法を指導し、パンフレットを渡しておしまいになります。
では顎関節症の原因はなんでしょうか?
番組の公式HPでは、以下のように書かれていました。
あごのトラブル「顎関節症(がくかんせつしょう)」。その正体は、あごの筋肉の「こり」だった!?あごには、下あごの骨を上下に動かすための様々な筋肉が備わっています。それらの筋肉が、パソコンやスマホに代表される集中作業やストレスによる「かみしめ癖」によって、徐々に凝り固まることで、口が開きにくくなったり、筋肉に痛みを生じたりするのです。さらに、筋肉の異常な動きは、関節の間にあるクッション(関節円板)のズレまで引き起こし、関節自体にも痛みや音を生じさせるといいます。
(NHK ガッテン HPより)
そしてその対処法として
“1回たったの30秒!「あご筋ほぐし」”なる方法が紹介されていました。
あごの筋肉(咬筋(こうきん)・側頭筋(そくとうきん))のこりをほぐす、お手軽「あご筋ほぐし」の方法を紹介します。マッサージとストレッチによって、筋肉の血行が改善し、こりがほぐれます。また、ずれてしまった関節も、間にある潤滑液が徐々になじむことで、スムーズに動くようになると考えられています。あごこり(顎関節症)の改善&予防に効果的です。以下の①~③を、順番に1セットとしておこなってください。
1.咬筋(あごの付け根の筋肉)のマッサージ
・左右のあごの付け根にある筋肉(エラの角から2~3cm斜め前方)を、
人差し指などを使って、クルクルと円を描くように8秒間マッサージします。
※軽くかみしめるとあごの付け根の部分で筋肉がふくらむような動きをするところが、咬筋の位置の目安です。
2.側頭筋(こめかみ付近にある筋肉)のマッサージ
・左右のこめかみにある筋肉を、
人差し指などを使って、クルクルと円を描くように8秒間マッサージします。
※軽くかみしめるとこめかみの部分で筋肉がふくらむような動きをするところが、側頭筋の位置の目安です。
3.口を大きく開けるストレッチ
・口を開ける運動をします。
上を向くことで、より大きく口が開くようになります。
5秒間あけたら、いったん閉じます。これを3回繰り返します。
おすすめは、①~③を1セット(8秒×1回+8秒×1回+5秒×3回)として、 毎日朝晩の1日2セット行うことです。(NHK ガッテン HPより)
この方法は4種類に分類される顎関節症のうち
・咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)
・顎関節痛障害(Ⅱ型)のうち軽症のもの
・顎関節円板障害(Ⅲ型)のうち軽症のもの
で有効と思われます。
Ⅱ型、Ⅲ型の重症のものおよび変形性顎関節症(Ⅳ型)には対応は難しいので、注意をしてください。
ただ、顎関節症の多くは軽症のことが多いので、セルフケア法として知っておいた方がいいと考えます。
ここから、原因について少し詳しく見ていきます。
「顎関節症治療の指針2018」によると
顎関節症の発症メカニズムは不明なことが多い。日常生活を含めた環境因子・行動
因子・宿主因子・時間的因子などの多因子が積み重なり,個体の耐性を超えた場合に
発症するとされている。
とありますが、わかりにくいと思いますので下の図で説明します。
宿主因子というのは、その人個人が持っている抵抗力です。とても頑丈な方ととても華奢な方では病気のなりやすさが違います。同じくらいの顎関節に悪影響がある要素があっても、抵抗力が高い人は顎関節症にならず、抵抗力の低い人はなってしまうのです。
環境因子というのは、緊張する仕事、日常的に忙しい生活、対人関係での緊張などがあげられます。
行動因子は実に多様で、一つの場合もあれば二つ以上が重なる場合もあります。硬いものをよくかむ、楽器の演奏、長時間のパソコン作業、単純作業、重いのもの運搬作業、編み物や絵画などの長時間集中する趣味、筋トレなどのスポーツがこの因子にあたります。また良くない癖として、日中のくいしばり、睡眠中の食いしばり、頬杖をつく、顎関節に負担がかかるような睡眠時の姿勢があります。
時間因子は顎関節に負担がかかる、環境因子や行動因子が続く時間の長さです。どんなに良くないことも短時間であれば、普通は問題になりません。長時間続くことが悪化の要因になるのです。
つまり、自分自身の抵抗力を超えるような原因の積み重ねにより起こるのです。
ここで重要になるのが日中のくいしばりです。
これは上下の歯を無意識にかみ合わせていることです。食事をしているとき以外に上下の歯をかみ合わせることを、歯列接触癖・TCH(Tooth Contacting Habit)といいます。
番組HPに書かれていた「パソコンやスマホに代表される集中作業やストレスによるかみしめ癖」が、まさにこれにあたります。
緊張する仕事、日常的に忙しい生活、対人関係での緊張は歯列接触癖・TCHを招きます。
単純作業、重いもの運搬作業、編み物や絵画などの長時間集中する趣味、筋トレなども同じです。
現代の日本人にとっては、避けがたいことばかりです。顎関節症はあらたな生活習慣病のひとつ言えるかもしれません。
顎関節症(あごこり)の症状が出た場合は、番組で紹介された方法を実践していただくといいと思いますが、予防も必要です。
大切なポイントは意識的に咀嚼筋の力を抜いて、上下の歯をかみ合わせないようにすることです。
口を閉じるのは口の周りの表情筋の役目です。かみ合わせるのは咬筋や側頭筋といった咀嚼筋の役目です。きちっと唇をむすんでいても、上下の歯の間には1~3mm程度のすき間があるのが正常な状態です。
かみ合わせるのと唇を閉じるのは全く別の動作です。
普段の生活の中で、上下の歯をかみ合わせていないか、意識してください。もしかみ合わせていたならば、力(咀嚼筋の)を抜いてください。
も参考にしてください。
おまけ
番組の後半で、プロ野球球団ロッテの選手が選手用の硬いガムを噛むシーンがありました。
これは試合でのパフォーマンスを上げるためのトレーニングの一環のようです。
近年、スポーツクレンチングという考えが提唱されています。さまざまな競技で運動時の噛みしめを科学的に研究し、パフォーマンス向上につなげていこうとするものです。
スキーモーグルでは、競技中にはマウスピースを装着しかみ合わせを安定させ、成績アップにつながったという話を聞いたことがあります。
硬いガムを噛んでトレーニングをすることも、スポーツクレンチングの考えにもとづいて行われているのだと思います。
では、硬いガムをみんなが噛んだ方がいいのでしょうか?
顎関節症の生活指導として、硬いガムを噛むことは避けた方がいいとされています。
もし硬いガムを噛んでみようと思われた方は、必要性をよく考えてからにしてください。