2012年2月11日東京フォーラムで、「歯科健診実施事業所は年間医科医療費が下がるが、不実施事業所は大幅に増加!」という、衝撃的な?発言を耳にしました。
気がつくと10年が、経っていました。この発言は本当に事実なのか、それともバイアスのかかっと情報だったのか。現在までの状況を、一開業医の知れる範囲でまとめてみました。
ある健康保険組合での1例
2012年2月11日東京フォーラムにおいて、「歯科口腔保健の推進に関する法律(歯科口腔保健法)」成立記念シンポジウムが日本歯科医師会主催で開催されました。
冒頭の発言はシンポジストの一人である、デンソー健康保険組合常務理事の赤塚俊昭さんによるものです。
デンソー健康保険組合では、厚生労働省研究事業として、全組合員を対象に健診データとレセプトデータを照らし合わせ分析しました。そしてその結果を、「歯科・医科医療費の相関分析」として、この記念シンポジウムで発表しました。
対象者は約7万人のデンソー健康保険組合被保険者で、調査期間は15年間。
デンソー健康保険組合に所属する事業所のうち、歯科健診を実施している事業所と歯科健診を任意受診としている事業所との、医科医療費の15年間の推移を比較しています。
上の図のように、歯科健診を実施している事業所では平成7年度(1997年)と比較して、平成21年度(2009年)の医科医療費が減少しています。ところが歯科健診不実施事業所では医科医療費が大幅に増加しているという結果に。
日本で医療費は、右肩上がりの増加がトレンドです。15年も経てば医科医療費が増加しているのは、むしろ普通で、横這いもしくは減少しているというのは画期的ではないでしょうか。
当時のシンポジウムでは以下のようにまとめられていました。
「歯の健康維持は加入者のQOL維持向上と、医療費全体の適正化に大きく貢献した。」
なんとすばらしい発表だと、会場で感激しました。
厚生労働省研究事業ということで、研究事業自体が終了して区切りがついての発表だったとも思います。ただ10年経っても、シンポジウムでの発表以上の情報は皆無です。また3つの事業所の結果が示されていましたが、デンソー健康保険組合には50あまりの事業所が加入しています。すべての事業所の分析結果が示されていた訳ではないことも、気にかかる点です。
参考にならない訳ではありませんが、ある健康保険組合での1例に、とどまっているといったところでしょうか?
各都道府県では?
デンソー健康保険組合で実施したように、歯の健康と医科医療費との関連を調査した研究は他にはないのでしょうか?
実はたくさんあります。
上の表は平成23年(2011年)に、中央社会保険医療協議会での資料です。6道県の国民健康保険加入者を対象とした調査結果があります。
すべて道県の結果から、歯が多く残っている人ほど、医科医療費の少ない傾向が示されていました。
やはり歯の健康な人ほど、全身も健康だと言えるのではないでしょうか?
ただ残念ながら、対象者が一部の都道府県の国民健康保険加入者に限定されているので、日本全体の検証ができているわけではないというのが、当時の中央社会保険医療協議会による結論のようです。
約10年前にこのような結果が出ているにもかかわらず、歯科健診の推進につながるような政治的な動きはありませんでした。中央社会保険医療協議会での結論が大きかったと推測しています。(違うかもしれませんが)
ここで確認しておきたい点があります。デンソー健康保険組合では、歯科健診の実施・不実施と医科医療費の検証です。各都道府県国民健康保険加入者では、歯の本数と医科医療費の検証となっています。対象が微妙に異なります。
医科医療費や歯の本数は、各医療機関から毎月提出されるレセプトのデータから、算出できます。しかし歯科健診を行ったかどうかは、レセプトデータからはわかりません。
特定の健康保険組合でなおかつ、その健康保険組合が実施している歯科健診がない限りは、デンソー健康保険組合で行ったような、歯科健診の実施・不実施と医科医療費の検証は不可能です。
そこで国民健康保険加入者では、歯の本数を検証の対象としています。
NDB(National Database)では?
NDB(National Database)とは何でしょうか?
いわゆるビッグデータの一つで、「レセプト情報・特定健診等情報データベース」です。もう少し詳しくいうと、以下の二つが含まれるデータベースです。
・医療機関や調剤薬局から保険者に提出されるレセプト(診療報酬明細書)データ
・40歳以上75歳未満対象の特定健診・保健指導のデータ
NDBのレセプトデータは、各都道府県国民健康保険加入者レセプトデータと違い、日本国民の95%以上を網羅しています。
このNDBレセプトデータをから、日本歯科総合研究機構が、歯の本数と医科医療費の相関を調査しました。(国民健康保険加入者と同じく、歯の本数を検証の対象としています。)
40歳以上すべての年齢階級で歯数が20歯以上の者は,19歯以下の者と比較して、医科医療費の平均値が低いことが明らかになりました。
さらに50歳代,60歳代,70歳代について、歯数が1歯少なくなるごとにどう変化するかのグラフもありました。
上のグラフのように,いずれの年代においても歯数が1歯少なくなることで,医科医療費が直線的に増加することが確認できます。
6道県の国民健康保険加入者データおよびNDBデータの検証から、歯の本数が少なくなればなるほど、医科医療費の増加する傾向があるのは間違いありません。
やはり医療費は下がる!国民皆歯科健診へ
現時点では歯科健診を継続的に受診すると、医科医療費が下がるという明確なエビデンスにはいたっていません。
しかし歯の数を保つことが、医科医療費が増加を抑制することは、エビデンスがあると言えます。そして歯を失わないようにする重要な対策の一つとして、歯科健診受診があげられます。
昨年10月の当医院からのお知らせにあるように、昨年の衆議院総選挙での自由民主党選挙公約の中に「生涯を通じた歯科健診の充実(国民皆歯科健診)」がしっかしりと記載されていました。
選挙公約の中で、歯科健診の充実がうたわれること自体、前代未聞ではないかと思います。
自由民主党選挙公約の背景には、先に示したNDBデータからなどの研究結果があるのは間違いありません。
お口の健康を維持していくことは、自身の健康増進に役立つだけはなく、増大する医療費の適正化(削減するという意味)に貢献します。
つまり歯科健診も貢献するのです。
ただ歯科健診と一口に言っても、どのような健診も効果があるのか?
次回のブログではこの辺りを話題にします。