「2017-7-30 歯磨きはいつからはじめたらよいでしょう?」に引き続き、保育園で行った歯科講和からの話しです。
むし歯になるには、お口の中にむし歯菌がいるということです。でも生まれた時は無菌の状態のはずです。もちろんお口の中には菌はいません。
では、むし歯菌はいつ頃からお口の中に存在するのでしょうか?むし歯菌はミュータンス菌(Streptococcus mutans)といいお口の中の連鎖球菌の一つで、人により多い少ないがあります。当然、ミュータンス菌が多い人はむし歯になりやすく、とても少ない人はほとんどむし歯になりません。
ミュータンス菌がお口の中にいると必ずむし歯になるわけではありませんが、少ないに越したことはありません。
そこで、今回のブログではどうしたらミュータンス菌がほとんどいないお口の中にできるかの話です。
「感染の窓」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?たぶん、聞いたことがないという方がほとんどだと思います。
ミュータンス菌はおおよそ生後19ヶ月~31ヶ月の間に主たる保育者(多くの場合はお母さん)より唾液によって感染します。感染する期間が特定されているので「感染の窓」という言葉ができたのだと思います。
このように、むし歯の原因菌が家庭内で感染するという報告は1980年前後からみられ、1990年代半ばには確実なエビデンスとして多くの歯科医師に知られるようになりました。
では、生後19ヶ月というのはどのような時期でしょう?
これは乳歯の奥歯がはえ始める時期に当たります。つまり、離乳期の終盤から乳歯列が完成するまでのあいだにミュータンス菌が子供の口の中にすみかを作ってしまうということです。
このことにより、離乳食を食べさせる時などに「噛み与え」はもちろんのこと、スプーンやお箸を共用してはいけないということが、多くの方に知れ渡るようになりました。
個人的な話で恐縮ではあるのですが、うちには二人の娘がおります。二人とも成人した今でもむし歯は1本もありません。
一方、私と妻はむし歯で治療した歯が数本ずつあります。つまり、私も妻も口の中にはそれなりのミュータンス菌はいるということです。娘が小学生の頃にミュータンス菌数を調べる簡単な検査をしたことがあります。二人ともとても菌数は少ないという結果が出ました。ということは両親から、口の中にいてほしくない菌がうつらなかったということです。
では、我が家ではスプーンやフォークの共用することを徹底的に避けたかというと、そんなことはありません。
私が「感染の窓」を知ったのは、次女の「感染の窓」がちょうど終わった時期です。
むし歯の多いお母さんの子供はむし歯が多いという事実は確かにありますが、必ずそうとも限りません。ミュータンス菌が多い両親の子供が必ずミュータンス菌が多くなる訳ではないのです。
離乳期以降にスプーンやお箸を共用しないという手段も大切ではあります。実はそれ以外にとても重要な要素があります。
それは「砂糖」です。
ミュータンス菌は砂糖があると活発に活動し、どんどん増えていきます。
ひんぱんに甘いお菓子や甘い飲み物を口にしていると、ミュータンス菌は増え活動を盛んにしていきます。このような状態だとスプーンなどについた唾液を介して子供の口の中に運ばれやすくなります。さらに子供もジュースなどをよく飲んでお口の中に砂糖があると、唾液を通して入ってきたミュータンス菌がすみつきやすくなります。
もう一つ大きな要素があります。
それは日ごろの「歯みがき」です。
お口の中に約700種類の細菌がいるといわれています。歯の表面だけではなく、歯肉、舌や頬と唇の内側などの粘膜および唾液の中にいます。お口の中の総細菌数は約100億個と言われています。
丁寧に歯みがきをすれば一時的ですが歯の表面の細菌数は少なくなります。ミュータンス菌は歯の表面に住みついている細菌ですので少なくなります。(お口の中の細菌中のミュータンス菌の割合は少なくなりません。)
普通、細菌は数が少ないと感染などの悪さはしにくいものです。毎日の歯みがきを効果的に行うことは、感染を予防することにつながります。
一方、子供のほうも「2017-7-30 歯磨きはいつからはじめたらよいでしょう?」にあるように、奥歯がはえる1歳半くらいから歯みがきをはじめることも大切です。
ミュータンス菌を感染させないポイントは二つ
甘味制限
適切な歯みがきの実行
ということになります。
このことに関しては「2017-2-2 お口の健康がなぜ健康寿命に影響するか?part2」で紹介させていただいた、花田信弘先生(鶴見大学歯学部探索歯学講座教授)の著書 白米が健康寿命を縮める 最新の医学研究でわかった口内細菌の恐怖 (光文社新書) にも書かれています。
しかしながら、甘いものが十分に制限できない状態であれば、スプーンなどの共用を避けるのは、重要な手段になるかもしれません。
生まれた時は無菌状態であるといいますが、お母さんの産道を通過した瞬間より多くの細菌にさらされ、徐々に自分の細胞の数の約10倍の細菌(常在菌)と共に生活を送るようになります。
腸内や皮膚だけではなく、歯のはえる前のお口の中にも少しずつ常在菌が定着していきます。だいたい3歳くらいまでにその人のお口の中の細菌の種類(細菌叢)は決まるといわれています。
もし、ご両親ともむし歯や歯周病がない健康なお口であれば、自分の細菌を積極的に子供にうつしていくという考え方もないわけでもありません。
ただ、それは少し危険なことです。健康に見えても実は歯周病菌が潜んでいる場合もあります。
実際にお口の中にむし歯菌、歯周病菌(1種類ではない)が多いか少ないかを調べることはできないわけではありませんが、少なくとも数万円程度のコストがかかります。その程度のコストなら、構わないという方もいらっしゃるかもしれません。
でも、私はそんなことまでしなくてもよいのではないかと思います。
親子ともに適切に歯みがきをして、ほどほどに甘いものを制限していれば、スプーン、お箸の共用を避けたりすることなく、特別に自分の菌をうつそうとしなくても、普通に愛情を持って接していくことで十分に良い細菌叢を引き継いでいけるのではないかと思います。
ミュータンス菌を感染させないための良い生活習慣が行われるのなら
むし歯を予防するだけではなく、糖質を取りすぎて肥満になることもないでしょう。
そして、将来の生活習慣病予防にもつながります。
ところで、なぜ生後31ヶ月を過ぎるとなぜ感染しなくなるのでしょうか?
冒頭でミュータンス菌は連鎖球菌のひとつだと書きました。お口の中の連鎖球菌はサングイス菌、ミティス菌など多数います。歯の表面にミュータンス菌が定着する前に、それ以外の連鎖球菌が定着すると、あとからミュータンス菌が住みつきにくくなってしまうのが理由です。
一度、良い細菌叢(ミュータンス菌が少ない)ができれば、この状態をキープしていくことができます。逆に悪い細菌叢(ミュータンス菌が多い)ができれば、この状態が続いてしまいます。
仮にミュータンス菌が多くても
2017-3-3 歯みがきができていれば、むし歯にならないか?
に書かれていることを実践していただければ、むし歯は防げるはずです。
すでに悪い細菌叢(ミュータンス菌が多い)になってしまったらどうにもならないでしょうか?
実は、新しい治療法が提供できるようになりました。
鶴見大学で開発された、3DS(Dental Drug Delivery System)という処置です。
これは歯型をとって作ったトレーに殺菌消毒薬を塗布して5分間お口の中に装着して、歯の表面の菌だけを除菌する方法です。
ミュータンス菌は歯の面にだけいる連鎖球菌ですが、それ以外の連鎖球菌やその他の菌は歯だけではなくお口の中の粘膜上にもいます。歯の表面が除菌されるとすぐに、歯以外の部分にいる細菌が歯の表面に定着をはじめます。
このように細菌の特徴を利用してむし歯菌のみを除菌することができる方法です。
当院でもこの処置は実施しております。ご興味のある方はご相談ください。