前回「2017-1-15 お口の健康がなぜ健康寿命に影響するか? part1」の続きです。
「歯ぐきから血が出た!」という経験がある方が多いと思います。というよりはほとんどの方が経験しているはずです。(歯ぐきは正確には歯肉と言います。)

では、なぜ「歯肉から血が出た!」のでしょうか?

「歯ブラシで強く磨きすぎた。」「歯間ブラシやデンタルフロスで傷つけた。」「楊枝でつついてしまった。」などと訴える方が大半です。つまり、うっかり傷つけてしまったので、そのキズから血が出ていると思っているわけです。

本当にそうでしょうか?

このイラストは歯と歯肉の断面です。左側の部分が歯で、黒いのが歯石です。そして、歯石の周りにはうようよと細菌がたくさんいる様子が描かれています。右側三角形の部分が歯肉の断面で、細い血管やまん中には骨があります。

注目していただきたいのは、三角形の左側(歯肉の内側)に2~3個あるクレーターのようなものです。これは歯の表面や歯と歯肉の間の溝(歯周ポケット)にいる細菌から出された毒素によってできたキズです。専門的に言うと「微少潰瘍(びしょうかいよう)」と言います。

歯磨きをした時などの出血は、この歯肉の内側の微少潰瘍からの出血です。つまり、キズを作ってしまったから血が出るのではなく、キズがあるから血が出るのです。

 

 

歯周病という歯肉の病気があるのは皆さまもご存じだと思います。歯周病は歯の周りについている細菌によって歯肉に炎症がおこる病気です。炎症のおこった歯肉は赤くなり、腫れぼったくなりそして、外からは見えない内側に微少潰瘍ができているのです。

歯周病になっている歯肉から血が出るということは、ご理解いただけたでしょうか。(炎症がおこっている歯肉は、毛細血管が拡張しているのでキズつきやすく出血しやすいということもあります。)

この歯肉内側の微少潰瘍は出血の原因になるだけではありません。実は、もっと恐ろしいことの原因になっています。

 

手や足にキズが出来たときは、キズから細菌が入らないように、絆創膏などで保護をします。しかし、歯肉内側のキズは手足のキズのように保護することが出来ないだけではなく、細菌が多くいるかぎりは、その毒素などの影響で簡単にふさがることはありません。

よって、このキズから歯周病菌などのお口の中の細菌が歯肉の血管の中に侵入してしまいます。血管に入った細菌は、血流にのって全身に行きわたることになります。このような状態を歯原性菌血症(しげんせいきんけつしょう)といいます。そして、血液中に入った歯周病菌などが毒素を出しながら血管の内側に働き炎症をおこします。歯周病は慢性的な病気ですから、この細菌による血管の炎症は慢性的に続いていきます。

これにより体の中でさまざまな病気が引き起こされていくことになります。

 

くり返しになりますが、歯周病によって微少潰瘍が出来き、そこから侵入した細菌が血管などに影響をおよぼし、多くの病気の発症や悪化の原因になります。

このように、歯周病が全身の病気に関連していることが、お口の健康が健康寿命に影響する二番目の理由になります。

 

歯周病に関係があるとされているのは、以下のような病気です。

・糖尿病-相互に悪影響を及ぼし合う

・脳卒中(脳出血、脳梗塞など)

・虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞など)

・慢性関節リウマチ

・認知症

・がん-がん抑制遺伝子への影響による

・早産、低体重児出産 など

 

これらの病気への影響のメカニズムや歯原性菌血症の詳しい説明は

花田信弘先生(鶴見大学歯学部探索歯学講座教授)の著書

白米が健康寿命を縮める 最新の医学研究でわかった口内細菌の恐怖 (光文社新書)
に詳細に記されています。

 

本文中で動脈硬化がおこるメカニズムについて以下のように書かれています。

◎アテローム性プラーク(血管内側の脂肪を含んだふくらみ)の発生のしくみ

①細菌や、その成分であるエンドトキシン(細菌の出す毒素)が血管内に侵入する

②細菌またはエンドトキシンが血管内皮細胞に定着する

③血管内膜が炎症を起こす

④LDLコレステロール(血管の修復屋さん)が通りかかる

⑤活性酸素がLDLコレステロールを酸化させる

⑥酸化して異物になったLDLコレステロールが、免疫細胞に非自己成分と認識される

⑦マクロファージ(貪食細胞)が集まってきてそれを食べる

⑧その死骸が増えて、アテローム性プラークとなる

動脈硬化が脳でおこれば脳卒中、心臓でおこれば心筋梗塞につながります。

さらにこの本では、現代の日本人の歯原性菌血症の大きな原因となっているのは、白米などの主食過多であるとして、栄養学をもとにして見直すべき点などが書かれています。一般向けの本ですので、ご一読されることをお勧めします。

 

二十世紀のなかばまで、多くの人の命を奪う病気は細菌などによる感染症でした。抗生物質が普及しはじめた1940年代以降、感染症で命をおとす人は激減し、世界的な平均寿命はそれまでの倍近くも長くなりました。(平均寿命は子供の死亡率に大きく影響を受けます。)

抗生物質の普及以外にも、予防接種や安全な水の提供などの公衆衛生対策により、多くの感染症を押さえ込めるようになったのです。

しかしながら二十世紀後半からは、病気の主役は中高年の生活習慣病にと移っていきました。この生活習慣病の多くは、血管の老化によるものです。

歯周病によって引き起こされる、持続的な歯原性菌血症は血管に炎症を起こし、ダメージを与え続け、血管を老化させていくのです。

(糖尿病も高血糖により、大小さまざまな血管にダメージを与え、体のいろいろな場所に障害をおこします。)

 

今回のブログに掲載したイラストは2007年に“Scientific American”が発刊した「Oral and Whole Body Health」中のものです。“Scientific American”はアメリカの一般向けの科学雑誌で、通常は2ヶ月後に日本版として“日経サイエンス”で紹介されます。事情はわかりませんが、「Oral and Whole Body Health」は日経サイエンスから刊行されることはなく、代わりに“プロクター・アンド・ギャンブル社”の協力により、この内容を骨子として国内の知見を加えて「オーラルヘルスと全身の健康」として編集されました。

現在は「2011年改訂版」として閲覧できます。
一般向けとしては内容がかなり専門的ではありますが、ご興味のある方はご一読ください。

 

2回にわたり、「お口の健康がなぜ健康寿命に影響するか?」の大きな二つの理由について書いてきました。

 

それ以外の理由として、歯を失いかみ合わせの状態が悪くなると、高齢者にとっては運動能力や四肢(手足の)筋力に影響することが報告されています。

健康寿命の条件として日常生活において、なんでもおいしく食べられるだけでなく身体的に自立していることも重要です。

つまり、フルタイムあるいはパートタイムで仕事をしていなくても、地域での社会的役割を果たしたり、家庭内での役割を果たすには、ADL(日常生活動作)プラスαの身体的機能(ある程度の筋力、関節などの柔軟性、持久力や敏捷性など)が要求されます。

歯が抜けた状態やかみ合わせの悪い状態をそのままにしておくと、体の機能にまで影響が及んでしまうのです。

 

むし歯や歯周病を予防していくことが、健康を維持していく、一つの大きな決め手になるのは間違いのないことだと思います。

 

ADL(日常生活動作 Activities of Daily Livingの略称)
日常生活を送る上で、必要とされる様々な身の回りの行為、行動のことです。具体的には、食事や排泄、着替え、姿勢と正す、移動(歩行や階段の昇り降り)、入浴などの基本的な行動をさします。日常での生活動作が自力で問題なく行えるほどADLが高いと評価されます。