「たばこの総損失2兆円超!」
今年の8月に厚生労働省より「たばこの害による平成27年度の総損失額は医療費を含めて2兆500億円に上ることが8日、厚生労働省研究班の推計で分かった。たばこが原因で病気になり、そのために生じた介護費用は2600億円で、火災による損失は980億円だったことも判明した。」と発表されたという新聞報道がありました。
「最も多かったのは喫煙者の医療費1兆2600億円で、損失額の半分以上を占めた。中でもがんの医療費は5千億円を超えた。受動喫煙が原因の医療費は3300億円で、多くを占めたのは脳血管疾患だった。歯の治療費には1千億円かかっていた。・・・」日本経済新聞8月9日より
喫煙が健康に悪影響を及ぼすことは、いまさら言うまでのないことと思います。
この報道の中に、歯の治療費に1千億円とありました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、喫煙は歯周病の最大のリスク因子と言われています。今回はたばこによるお口の健康への影響を考えてみます。
喫煙は歯周病の最大のリスク因子
なぜ、たばこは歯周病によくないかは、日本歯周病学会のポジションペーパーにまとめられております。
ニコチンの影響で毛細血管が収縮し血流が少なくなることが知られています。また、様々な有害物質の影響で免疫機能の異常も起こります。以下のようにまとめてみました。
①血管収縮による影響
・歯肉の出血が少なくなり、病気の発見が遅れる。
(歯肉出血は歯周病の最も重要な初期症状です。)
・酸素の不足で、歯周病菌が定着しやすくなる。
(歯周病菌は酸素がない環境を好みます。)
②免疫機能への影響
・細菌に対する正常な防御機能が働きにくくなる。
・歯肉の組織を破壊する方向に免疫反応を過剰に刺激する。顎の骨が溶けやすくなる。
(免疫機能に対する影響はこの二つがありますが、どちらが主であるかはよくわからないようです。)
③線維芽細胞への障害
歯根と顎の骨をつなぐ歯根膜繊維のもとになる、歯根膜線維芽細胞がダメージを受ける。
(一度、破壊された歯肉の組織が修復されにくくなります。)
結論を簡単に言うと
「喫煙者は歯周病が悪化しやすく、治療を継続しても回復しづらい。」ということになります。
喫煙の影響は個人差がある
日々の診療を通してみても、喫煙者が必ずしも歯周病が重症という訳ではありません。
たばこが歯周病の直接の原因ではなく、あくまでも悪化させる大きな要素なだけですから、そもそも歯周病がない人はヘビースモーカーでも歯周病は悪くないはずです。
しかしながら、明らかに歯周病があって、継続的に長期にわたりメインテナンスを続けているヘビースモーカーの方でも、必ずしも重症化するとは限りません。
(全体的にみれば、喫煙者の方が歯周病が進行しやすいという感触は間違えなくあります。)
ということは
喫煙の影響を受けやすい人
と
喫煙の影響を受けにくい人
がいるということになります。
これはたばこと歯周病の関係に限ったことではありません。
たばこと健康、食生活と健康、運動と健康つまり様々な生活習慣と様々な病気との関係においていえることです。
健康に良い生活習慣を実行していた方が、健康ですごせる可能性が高くなるのは間違いないはずです。
ただ、健康的な生活を実践していても、生活習慣病になる事がない訳ではありません。一方で、お世辞にも良い健康習慣を実践しているとは言えない方でも、ほどほどあるいは人並み以上に健康な方も中にはいらっしゃいます。
喫煙の影響の個人差を正規分布で説明
たばこの歯周病に対する影響について下の正規分布といわれる統計で使われる表で説明をしていきたいと思います。
私は統計が得意な方ではないのでなるべく簡単に説明します。
私たちの社会において様々なデータを集め、その分布をまとめていくと釣鐘型のカーブを描く場合多いと言われています。この釣鐘型のデータ分布を正規分布といいます。
正規分布とは平均に近い人が多くいて、平均から離れれば離れるほど人数が少なくなるようなデータの分布のしかたです。平均を中心にだいたい左右対称の曲線となります。
データの分布が正規分布をとる代表的な例として身長や体重があります。
例である年齢の日本人身長の分布をあげてみました。(あくまでも例なの具体的な数値はありません。)
平均に近い人が最も多いのが普通です。平均よりやや高い人と低い人がその次に多くなるはずです。身長がとても高い人ととても低い人は少ないながらいます。
たばこの歯周病に対する影響についても、この正規分布に沿うであろうという前提で話を進めていきたいと思います。明確な根拠は示せませんが、一般的な事柄から推測するとこの考えはほぼ正しいはずです。
たとえば、風邪のひきやすさについて考えてみます。ほとんどの方はたまに風邪をひくことがあるのではないでしょうか。ほとんど風邪をひいた記憶がないくらいの方がいる一方で、1年に何回も風邪をひく方もいます。
また、猛烈な暑さ寒さはだれでも応えるのではないでしょうか。でも、中にはほとんど応えない人がいる反面、極端に体調をくずしてしまう人もいます。
このような例を挙げると、年齢によって違うのではないかと考えられるかもしれません。確かに高齢者の方が、風邪をひきやすく気温の変化に弱いのは間違いありません。
ただ、ある年齢に限って見ていけば、その年齢なりのほどほどの影響を受ける人が大半で、影響の少ない人と影響の大きい人が少数派になるはずです。
このように、様々な刺激が私たちの体に与える影響には個人差があり、平均に近い人が大多数ではあるが、平均より小さい人と大きい人が少数派ながら必ずいるということです。
たばこを1日に20本以上吸っていても、歯周病があまり悪くならない方は
喫煙による影響が少ない人、つまり少数派であるということです。
このような方がいるからといっても、大多数の方はたばこによる歯肉への悪影響は少なからずあります。
以前あるバラエティ番組で
とても偏食をしているが健康である高齢者を紹介している場面がありました。番組の進行者が「(健康的とは思えないが)これはどう考えたらいいのでしょうか?」と解説者に質問をしていました。
その時の解説者は抗加齢医学研究で著名な白澤卓二医師でした。
「単に生き残った人を紹介しているだけだ」といった内容の解説をしていたように記憶しています。
どんな事柄においても例外、少数派は必ず存在します。
では、たばこの歯周病に対する影響の違いはどのようなところからくるのでしょうか?
残念ながら、この答えは明確なものがないようです。
各個人が生まれつき持ち合わせている抵抗力のようなものではないかと思います。つまり、食事などの生活習慣では変えることが難しい体質のようなものでしょう。
たとえば、たばこの煙に含まれる有害物質の代表格はニコチンですが、ニコチンは体内でニコチン様アセチルコリンレセプターという受容体と結合します。ニコチン様アセチルコリンレセプターは種類があるようです。この受容体による差の影響もあるかもしれません。
免疫細胞の働きも微妙に個人差があるはずです。ほとんどが遺伝的な影響ということです。
受動喫煙でも影響を受ける
喫煙による影響が少ない人いる一方で、影響が大きい人も必ずいます。
影響の大きい方は歯周病の進行が目に見えて早いのは、毎日の診療を通じて痛感しております。禁煙しない限りは希望がないと思える患者さんもいらっしゃいます。
さらに、受動喫煙でも歯周病に悪影響が出ます(国立がん研究センターHP)。
影響を受けやすい場合は自らが喫煙をしなくても歯肉に影響を受けてしまうのです。
これは歯周病に限らず、がんや循環器疾患などにも言えることです。
様々な刺激が私たちの体に与える影響は、生活習慣と違い変えることが難しいあるいはできない要素です。
「あの人はタバコも吸うし、お酒もたくさん飲んでいるのに健康じゃないか」といってもはじまらないのです。
お口の健康のみならず、健康長寿を目指すには
「喫煙をしない、可能な限り受動喫煙をさける」ということになると思います。