2020-9-26 ストローが先か?コップが先か?
では「ストロー飲みの開始時期は2歳くらいからが正しい。コップ飲みが十分にできるようになってからはじめてストローを使うのが正解。
ストローではなく、コップが先!」と紹介いたしました。理由はストローが先だと、不正咬合(歯ならびやかみ合わせが悪い状態)になる可能性があるからです。
今回はその続編ということで、具体的にどのような不正咬合が起こるかやマグ製造メーカーからの回答、将来への影響を含め、もう少し詳しく解説をいたします。
ストローではなくコップが先!
離乳期にコップ飲みより先に、ストロー飲みを覚えてしまうと、飲み込む時のお口の動きがアップデートできません。お口の動きのアップデートとは、乳児型嚥下から成熟型嚥下ができるようになることです。
冒頭の写真は正常なコップ飲みが出来ている例です。唇をしっかり閉じ、舌を前に出していません。
写真では口の中は見えませんが飲み込む時は舌が上あごについた状態で、飲み込むことが出来ているはずです。このような飲み込み方を成熟型嚥下といいます。
上の写真はコップ飲みがまだ上手に出来ない子どもです。上唇に比べて下唇がかなり前に出ています。舌も下唇と一緒に前に出し、コップの縁の下に入っているはずです。成熟型嚥下が出来ない、乳児型嚥下をしている例です。
乳児型嚥下は母乳やミルクを、舌を前後に動かしながら飲み込みます。舌は歯がはえてくる歯ぐきよりも前に出して、乳首を舌の上にのせています。この写真では乳首と同じ様に、コップの縁を舌の上にのせているのです。
メーカーの推奨の通りに、離乳期である7,8カ月頃からストローマグなどを利用して、ストロー飲みを練習すると成熟型嚥下がうまくできないまま成長してしまう可能性が出てきます。そして不正咬合になる場合があるのです。
ストローマグ使用によって影響が出る不正咬合は開咬といいます。開咬とは奥歯がしっかりと嚙み合っているのに、上下前歯の間にぽっかりとすき間が開いてしまう不正咬合です。
Googleで「開咬」と検索し、画像をクリックすると開咬の画像を見ることが出来ます。
麺類などを前歯で噛み切ることが出来ず、発音(タ行、サ行など)にも影響が出ます。
歯がはえそろってからも舌を前に出す乳児型嚥下が継続していると、上下前歯の間に舌が入ることが開咬の原因です。またおしゃぶりの長期間使用や指しゃぶりなども開咬の原因になります。
不正咬合は増えている?
近年では不正咬合は増加しているのでしょうか?文部科学省の学校保健統計から調べてみました。
5歳児ではここ十数年でやや増加している傾向がありそうです。小学生に関しては明確な増加傾向があるようには見えないです。
学校健診では矯正治療を開始していると、歯列・咬合の異常にはカウントされません。実際に不正咬合は増えているが、小学生の早いうちに矯正をはじめるケースが増えているため、統計上では小学生の不正咬合の割合が増えていないのかもしれません。
ただ実際の不正咬合の中で多いのは叢生です。叢生とはあごと歯の大きさが釣り合わず、歯並びがでこぼこになった状態です。ストローマグ使用の影響ではありません。
ストローマグ使用の影響が懸念されている、開咬は不正咬合の中では比較的少ない症例ではあります。私も学校歯科医として、学校歯科健診を毎年行っていますが、開咬が目立って増えている印象はありません。
だからといって、気に掛ける必要がない訳ではありません。
歯列矯正は費用の負担も大きいだけではなく、治療を受ける本人自身にもさまざまな負担があります。大切な点はストローマグを使わなければ防げる不正咬合があることです。防げる不正咬合は防いだ方がよいことに、異論はないと思います。
マグ製造メーカーも研究している?
前回のブログでストローマグの使用時期について、ピジョン医療従事者向けサイトの問合せフォームで質問した回答を紹介いたしました。実は続きがあります。
ストローとコップが同時期の8ヵ月から使用できるものと表示していることに関しての根拠は何かと質問しました。
2020年9月23日の返信で、根拠となる文献を提示していただきました。
石﨑ら. 2017. 離乳期における水分摂取機能の発達, チャイルドヘルス, 20, 67-72.
ピジョン株式会社中央研究所と昭和大学歯学部の共同研究による報告です。(閲覧は有料となります。)
生後6ヶ月の乳児に対して約1年間、歩くなどの運動発達と水分摂取機能の発達の関連を調査しています。
ストローとコップの使用開始時期にはともに8カ月としているが、個人差はある。歩くなどの運動発達の状況や、乳歯の萌出状況といった要因が関連していると、研究結果より考察しています。
乳児型嚥下をしていても、体の発達や乳歯がはえそろうことにより上下のかみ合わせが安定してくると、成熟型嚥下ができるようになることがこの研究からわかりました。
マグ製造メーカーも研究を怠っていないとは思います。しかし残念ながら、ストロー飲みの適切な開始時期の裏付けは行えていません。
担当者には不正咬合への影響がある旨の情報提供はいたしましたので、今後の方向転換に期待をしたいと思います。(難しいかな・・・)
離乳期にはコップを練習しよう!(歯並びだけではない将来の影響)
もう一度、コップ飲みの出来ていない子どもの写真です。胸元をよく見てみると、こぼしている痕があります。成熟型嚥下ができるようになるまでは、誰でもうまくいかないのはあたり前です。
歯がはえそろうにつれて、お口の動きはアップデートされます。そうすれば冒頭の写真のようにだれでも上手にコップ飲みが出来ます。
可能な限りストローマグを使わずに、コップ飲みを練習してください。
舌を上あごにつけて飲み込むという、お口の動きのアップデートができないと、影響が出るのは歯並びだけではありません。
2020-2-27 40代から食べる力が衰える?(口腔機能低下症)
で紹介した内容に関連してきます。口腔機能低下症はとは、「かむ」「飲み込む」などの無意識に行っている動きが衰え、結果的に「食べる力」の衰えにつながった状態です。
口腔機能低下症では本人が不自由を感じなくても、年齢とともに衰えが進んでくれば普通よりも早く要介護状態を目指すことになるのです。
この図は正常なお口の機能の発達と低下を示します。正常な状態では最後までお口の機能はある程度維持が出来ています。
この図は口腔機能低下症がある場合の口腔機能低下のイメージです。早いうちに要介護状態になる可能性が出てきます。
乳児型嚥下から成熟型嚥下にシフトできないなどが原因で、「上手に食べられない」「発音がクリアではない」「口呼吸がある」などの症状が目立つ場合は、口腔機能発達不全症という病名がつきます。
つまりお口の機能が十分に発達していない状態で大人になってしまうのです。
そしてそのまま高齢者となり、老化が起こります。健全なお口の機能を持っている場合よりも口腔機能低下症をおこしやすくなります。極端な言い方をすれば、若いうちから軽度の口腔機能低下症があるのです。
不正咬合以外のもう一つの影響は、口腔機能の成長が不十分であるがために、早い時期に要介護状態になりえる素地を作ってしまうことです。
今回はストロー飲みとコップ飲みに焦点をあてて話をしました。しかし不正咬合を予防し健全なお口の機能を備えるには、「呼吸」「食事」「姿勢」全般が重要です。
しあわせ歯ならびのつくり方は図が豊富で、成長期における「呼吸」「食事」「姿勢」についての注意点がわかりやすく書かれた本です。
とくにこれから離乳期を迎えるお子様がいらっしゃる方にはぜひご一読をお薦めします。
このブログを書いていて、二十数年前の育児に奮闘した日々を思い出しました。
この子は本当に何でも食べられるようになるのだろうか?
この子はいつオムツがとれるのだろうか?
不安を抱え、微力ながらも育児に悪戦苦闘した昔を懐かしく思います。