「食後30分以内の歯みがきはNG!」は誤った情報であると明言いたしました。
「酸性飲食物摂取直後の ブラッシングは避ける」(*酸蝕症に限定)という表現が適切です。
酸蝕症は主に成人期の問題であり、通常の食生活習慣を持つ小児・未成年期には適応されません。したがって食後のブラッシングは、これまで通り、むし歯予防 に有効です。
*酸蝕症―むし歯菌が関係しない酸によって歯が溶ける病気
また、この誤った情報の元となったのは、東京医科歯科大学大学院う蝕制御学分野北迫勇一先生の酸蝕症の研究であったとも書きました。
北迫勇一先生の講演を聞いて
3月10日に私が所属する日本ヘルスケア歯科学会主催で北迫勇一先生の講演が開催されました。
「食後30分以内の歯みがきはNG!」というセンセーショナルなフレーズで歯科界が大揺れし、北迫先生を含めて大激論が繰り広げられてから7、8年経っています。
これらのことを含めて、北迫先生がどのような話をされるのかとても興味があったので、もちろん聴講に行きました。
北迫先生は日本における酸蝕症研究の第一人者であり、現在は東京医科歯科大学大学院う蝕制御学分野に籍をおきながら外務省大臣官房歯科診療所に勤務されています。
1時間半程度でしたが、とても勉強になる的を射た講演でした。皆様方にも参考になる内容を紹介させていただきます。
まず、先生自身が「食後30分以内の歯みがきはNG」という情報に対してどのような見解を示したかですが、講演の中で先生の方からこの情報について言及されることはありませんでした。
しかし、講演後の質問時間にある先生がこの問題について質問されました。
北迫先生の回答の要旨は以下の通りです。
酸蝕症のリスクがない人は、食後の歯みがき時間を考慮する必要がない!
酸蝕症以外ではエビデンスは無い!
テレビなどで紹介されるとコメントを求められることがよくあるが、現在の外務省勤務という立場上コメントは断っている。
当たり前ではありますが
2013年に日本口腔衛生学会などが出した見解と同じです。
酸蝕症に触れることなく
食後は口の中が酸性になっているからと言って
食後30分以内の歯みがきはNGと発言されている先生は
いったい何を根拠にしているのだろうとつくづく思います。
もちろん、酸蝕症のリスクがある飲食をした後は歯肉が下がって露出した象牙質は削れやすくなっているので、直後の歯みがきは気をつけた方が良いのは間違えのないことです。(エナメル質に関しても象牙質ほどではないが、酸性飲食物をとった直後は削れやすいというデータも北迫先生は示されていました。)
しかしながら
2019-1-8 食後30分以内の歯みがきはNG?で記したように
歯みがきをするタイミングも気にするより、酸性の飲食物のとり方を注意することの方がよほど大事だと思います。
酸性飲食物について
今回の講演では
2019-2-12 健康に良いものが歯を溶かす!で掲載した「各種飲み物、食べ物のpH」の表の最新版をいただくことができました。
エナメル質臨界pHは5.5となっています。
エナメル質臨界pHというのは、歯の表面のエナメル質が溶けはじめるpHのことです。
上の図を見てみると
市販の味噌汁や醤油でもエナメル質が溶けるのかと思ってしまいます。しかし、横に小さく
う蝕(むし歯)を想定した値
と書いてあります。
むし歯と酸蝕症では歯の溶け方違う
むし歯と酸蝕症では歯の溶け方が違います。
むし歯菌(ミュータンス菌)は糖から酸を作り出すだけではなく、不溶性グルカンといったネバネバとした物質も作り出します。
このネバネバした物質により自分自身(むし歯菌)を歯の表面に付着させ、自分が作り出した酸を歯の表面に唾液に薄まらないように長時間に渡って作用させ続けることができます。
むし歯菌はこのネバネバした物質を使いプラークを作って、歯の表面に付着してこのプラークの中で自身の仕事をせっせとするのです。
上の図のように、歯の表面に酸を作用させ続けられる能力を持っていることがむし歯菌たる所以といえます。pHがあまり低くない弱い酸でも歯を溶かす仕組みを備えているのがむし歯菌です。
上の図のように、酸性の飲食物はむし歯菌のように酸を歯の表面に留めておくことができません。酸はすぐに唾液によって薄まってしまいます。
むし歯菌が作る酸より低いpH、つまり強い酸でないとエナメル質を溶かせないのではないかと考えられます。酸性飲食物によるエナメル質臨界pHはむし歯を想定した値より低いはずです。
この点について北迫先生は
統一された見解は現時点ではないと前置きをされて、pH3.9~4.0程度ではないかと話されていました。
この値であると味噌汁や醤油は酸蝕の危険は少ないといえます。私が頻繁に口にする炭酸水なども同じようにリスクは少ないと言えるので、実はホッとしました。
このむし歯菌が酸を歯の表面に作用させ続けるシステムを持っていることを理解すると、むし歯予防の戦略が見えてきます。
食後の早いうちに歯みがきをすることです。
つまり歯みがきで、むし歯菌が酸をため込んでいるプラークを破壊し、酸を拡散させてしまえばよいのです。
酸蝕症の疑いがある場合は、その人ごとに歯みがきのタイミングや食品の取り方を指導するといった個別の対応が必要になります。
先程の表を眺めてみると
水とお茶以外のほとんどの飲料(市販の飲料の約70%)が酸性であることがわかります。
2019-2-12 健康に良いものが歯を溶かす!のおまけで示したように
食品衛生法により清涼飲料水は、加熱できない飲料ほどpH値が低く酸性度が強くなっています。
pHが低くなるのは食品添加物である酸味料によるとのことでした。
酸味料はpHを決めるだけではなく、微妙な味の決め手になる添加物なので、具体的な内容をメーカーは絶対に明かさないようです。
一般的にはクエン酸、酒石酸、乳酸などが使用されています。
裏を返せば、メーカーは美味しくてある程度保存ができるといった、私たち消費者のニーズに応えているという訳です。
私たちは体に良いものも良くないものも、酸性の飲料や食品が多い現実を理解し、本当に必要なものを必要なだけ取ることを心がけていかなければなりません。
酸性飲食物のとり方の工夫
そうは言っても、酸性飲食物をまったくとらないということは不可能です。
また、嗜好品としてあるいは健康のために酸性飲食物を積極的にとることもない訳ではありません。
・熱中症対策にスポーツ飲料は効果的では
・どうしても炭酸飲料がやめられない
・仕事を頑張るための栄養ドリンクは欠かせない
・健康のため黒酢を毎日飲んでいる
・トレーニング後の疲労回復のためのクエン酸飲料
・ランニング中にレモンをかじると元気が出る などなど
嗜好品としてあるいは健康のための酸性飲食物の例を挙げたらきりがないような気がします。
とにかく、チビチビ少しずつ飲むことが良くありません。酢などを口の中にため込んで少しずつ飲み込むなどは最悪です。
対策の一つとしてはストローを活用することがあります。飲料を歯にあまり接触させずに飲むことができるからです。
ただし、ストローの先端は前歯の近くではなく、上顎のやや後ろ位になるようにすることが肝心です。
すべてがストローで飲めるわけではないので、必要最低限を心がけていただきたいと思います。
繰り返しになりますが、酸蝕症に触れることなく食後の歯みがき開始時間遅らせるべきというのはナンセンスです。
酸蝕症のリスクがある場合は、その人個人に対しての適切な対応が大事です。
決して歯みがきのタイミングだけの問題ではありません。