歯は、酸性の食品や飲料によって溶けます。酸で歯が溶ける病気を酸蝕症といいます。
で取り上げた話題です。今回は具体的な*pHを提示しながら、話を進めます。
*pH-液体の性質(酸性、アルカリ性)の程度をあらわす単位
むし歯と歯が溶けるのは違う
むし歯はむし歯菌が出す酸により、歯に穴があく病気です。歯を失う大きな原因でもあります。
プラーク中のむし歯菌(ミュータンス菌)が作った酸によって、歯からミネラル分が溶け出すことを、脱灰といいます。この脱灰が積み重なりできるのがむし歯です。
上の写真は、典型的なむし歯です。むし歯の穴の見た目の特徴は、深さにかかわらず表面はザラザラしている。色は黒もしくは濃い茶色。(進行の速いむし歯は白に近い場合もあります。)
脱灰は歯が溶けるというよりは、歯の結晶を構成するミネラル分が一部溶け出して、スカスカになる状態です。脱灰は再石灰化により修復されます。再石灰化による修復が追いつかないほどの脱灰が積み重なると、穴があいたむし歯になります。
むし歯は表面から溶けるのではなく、表面のやや内側からスカスカになっていくので、表面はザラザラになります。
むし歯にいたる脱灰が起こるpHは5.5です。この数値は世界的にコンセンサスが得られている数値のようです。
一方で歯が溶ける酸蝕症は、少しずつですが歯の表面から溶けていく病気になります。
歯が溶けるpH
脱灰がおこるpHは5.5でした。
一方酸蝕症つまり歯が溶けるpHは4.0くらいといわれています。
日本の酸蝕症研究の第一人者と言われている北迫勇一先生の講演会で、北迫先生が発言された数値を引用いたしました。(統一された見解ではないとも、話されていました。)
上の写真は酸蝕症と診断した写真です。
酸蝕症の見た目の特徴は、あいた穴の表面がツルツルしていることです。色は象牙質の色なので、薄い茶色。一目でむし歯と違うのが、わかるのではないでしょうか。
この写真の患者さんは、強度の逆流性食道炎を患っていたとのことです。胃酸はpH1.0~1.5程度のとても強い酸性です。食道を通過して、お口の中まで到達していたのならば、歯は溶けます。
逆流性食道炎だけではなく、拒食症などの摂食障害による嘔吐も、酸蝕症の原因になります。
このように胃酸による酸蝕症は、病気が原因です。適切な治療をすることによって、改善します。
写真の患者さんも服薬によって、症状はなくなり、酸蝕症の進行も止まりました。穴があいた部分は、コンポジットレジンで簡単な充填処置をしました。
どんな食品、飲料で歯が溶けるか?
問題なのは、普段なにげなく口にする、食品や飲料でも酸蝕症は起こることです。
上の表を見ていただくと、日常的に食卓にのぼるポン酢やドレッシングが、pH4.0以下です。
ただポン酢やドレッシングだけを、口にするわけではありません。食材の味付けとして使用します。歯が溶けるpHであっても、一般的な食べ方であれば気にする必要はないと考えています。
問題になるのが、レモンに代表される柑橘系果物と酢。
とくにレモンはpHが2.1とかなりの酸性です。
料理にかけるのは、まったく問題ありませんが、そのままかじると歯が溶けます。間違いなく(頻度が多いと)。健康のためと、レモンを丸かじりするのはやめましょう。
ハイボールに入っているレモンを、いつも噛んですするという方がいました。いつも嚙んでいる側の奥歯のかみ合わせの面に、酸蝕症が見られた例もあります。
グレープフルーツやオレンジはpH3.2~3.6程度なので、レモンほどではありませんが歯が溶ける可能性があります。頻繫にかつ大量に食べる方は要注意。
酢のpHは、1.83~3.86です。平均するとpH3をやや下回る数値です。
(全国食酢協会中央会の「食酢製品の分類と危害」から引用しました。)
調味料としての使用は、問題はありません。
問題となるのは、酢を飲料として飲むことです。当たり前ですが、酢はとても酸っぱいです。どうしてもお口の中にある程度の時間ため込みながら、少しずつ飲みこみます。
pHが低いだけではなく、歯に作用する時間がどうしても長くなり、歯が溶けやすくなってしまいます。酢を飲料として飲む場合は、水で十分に薄めて飲むようにしてください。
調味料としては問題ないと書きましたが、もずく酢のような酢の物を毎日のように食べている方での、酸蝕症の報告もあります。頻繁に大量に食べる場合は、歯科医院でチェックしてもらった方がよいかもしれません。
飲料は上の図のように、ビールを含めて多くの飲料が、歯が溶けるpH4.0以下です。お酒の場合は食事とともに飲むのが普通です。咀嚼をすると唾液もでます。唾液で低いpHも薄まりますので、お酒による酸蝕症は少ないのではないかと思います。
危険度が高いのはやはりコーラに代表される清涼飲料水です。コーラはpH2.2とかなり低いpHです。ペットボトルが普及しているので、チビチビ飲むことにより、長時間にわたり歯が酸に侵されます。
スポーツドリンクを含めて、水やお茶以外の飲料をペットボトルで飲む時は注意が必要です。もちろんむし歯の原因にもなります。
炭酸水で歯は溶けるか?
私は炭酸水が好きで、よく飲みます。(2~3日に1本程度です。)
pHが気になり、数年前にアサヒ飲料(「ウィルキンソン タンサン」のメーカー)に電話をして、炭酸水のpHについて質問したことがあります。回答は以下です。
「pHは測定しておりません。ただ一般的な炭酸水のpHは4.3程度なので、そのくらいであると考えております。」
なるほど。
上の表で炭酸水は、pH4.5となっています。統一された見解ではないとはいえ、歯が溶けるといわれているpH4.0よりはどちらも大きな数値ですので、炭酸水で歯は溶けないであろうと考えていました。
ところがある患者さんの症例を目にして、この考えが揺らいでいます。
その患者さんは上の前歯2本の先端が少し欠けていました。よく見てみると、先端の1/3くらいが、歯が微妙に薄くなっているようにも見えました。歯が欠けているだけであれば、歯ぎしりなどの別の原因が考えられます。しかし薄くなって、欠けたのであれば酸蝕症が疑われます。
聞けば、1日に3本の炭酸水を飲んでいたとのこと。うーん・・・
炭酸水で歯は溶けるかもしれません。
現在は炭酸水をやめているとのこと。経過観察中です。
炭酸水についてひとつ、注意が必要なことがあります。
興味本位で下のpH測定器を購入して、炭酸水のpHを測定してみました。(校正ができていて、液体の中に測定器がうまく静置できれば、かなり正確に測定できます。)
普通の炭酸水は、先の表と同じくpHは4.5でした。しかし炭酸水の中にはレモンなどのフレーバーもあります。計測してみるとどのフレーバーも、pHは普通の炭酸水より低い結果が出ました。
- レモン pH4.2
- オレンジ pH4.1
- グレープフルーツ pH3.5
ラベルには香料としか書かれていませんが、フレーバーとして酸(クエン酸、酒石酸、乳酸など)が使用されているのだと思います。
フレーバーのついた炭酸水には注意が必要です。
今後、他メーカーの炭酸水のpHも測定しようと思っています。
歯が溶ける(酸蝕症)のを予防するには
酸蝕症はお口の中の細菌が原因ではありません。むし歯や歯周病予防で必要な歯みがきは、残念ながら役に立ちません。酸蝕症の原因は、酸性飲食物の過剰摂取だからです。
歯が溶けにくくするために、フッ素が有効のようにも思えます。しかしこれも残念ながら、あまり役立ちません。
フッ素は歯を溶けにくくするよりは、再石灰化を促進することによりむし歯予防に貢献するからです。酸蝕症では再石灰化はおこりません。
詳しくは 2022-1-5 なぜ、フッ素が再石灰化を促進するか?
予防は酸性飲食物の過剰摂取を控えるしかありません。
・レモンや酢は、食材にかけるなどして、直接とらないようにする。
・酸性の強い飲料を習慣的に飲まないようにする。(とくにペットボトルで)
炭酸水はどうでしょうか??
自身の歯も経過観察していきます。
もしかすると、歯が溶けるpHは4.0ではなく、4.5くらいかもしれません。
おまけ
今から約10年前に
「食後30分以内の歯みがきはNG」という、センセーショナルな情報が様々なメディアを通して流されました。
これは酸蝕症のリスクがない人には、まったく当てはまりません。「食後30分以内の歯みがきはNG!」という表現は不適切であるという結論が、すでに各学会から出されています。
酸蝕症を疑われる患者さんは歯みがきの仕方などに注意が必要ではあるかもしれませんが、酸性の飲食物のとり方を注意することの方が大事です。