むし歯菌は親から子どもに感染することが知られています。むし歯菌が多くなれば多くなるほど、むし歯ができやすい。可能であれば、むし歯菌の感染をふせぎたい。
約30年前から親子での食器共有を避けることが、一つの具体的な対策として広まっています。
残念ながら食器共有を避けることでは、親子間のむし歯菌感染対策としては十分ではないことが明らかになりました。今回は食器共有を含めた、親子間のむし歯菌感染について考えていきます。
むし歯菌は親から感染する
2017-9-24 どうしたらむし歯菌のいないお口の中にできるか? でふれた話題です。
むし歯菌はミュータンス菌(Streptococcus mutans)といいお口の中の連鎖球菌の一つで、人により多い少ないがあります。当然、ミュータンス菌が多い人はむし歯になりやすく、とても少ない人はむし歯になりにくい。
「感染の窓」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?あまり聞いたことがないのでは?
ミュータンス菌はおおよそ生後19ヶ月~31ヶ月の間に主たる保育者(多くの場合はお母さん)より、だ液によって感染します。感染する期間が特定されているので「感染の窓」という言葉ができたのだと思います。
生後19ヶ月というのはどのような時期でしょう?
これは乳歯の奥歯がはえ始める時期に当たります。つまり、離乳期の終盤から乳歯列が完成するまでのあいだにミュータンス菌が子どもの口の中にすみかを作ってしまいます。
お口の中の細菌の種類は、約700種といわれています。そのうち連鎖球菌は、ミュータンス菌以外にも、サングイス菌、ミティス菌など多数います。歯の表面にミュータンス菌が定着する前に、それ以外の連鎖球菌が定着すると、あとからミュータンス菌が住みつきにくくなってしまいます。
「感染の窓」(生後19ヶ月~31ヶ月の間)で、むし歯菌であるミュータンス菌の感染を防ぐことは、将来的なむし歯治療のコストや不快な時間を少なくできる。つまりとても値打ちのある対策といえるのでは。
そこで乳幼児期に、親子間での食器共有を避けるというのは、直感的に正しい。
が、しかし。
食器共有を避けてもむし歯菌感染はふせげない
令和5年8月31日に日本口腔衛生学会から
「乳幼児期における親との食器共有について」との意見・回答(学会からの声明の一つ)が出されました。
以前から、親から子どもへのう蝕原因菌の感染を予防するために、親とスプーンやコップなどの食器の共有を避けるようにとの情報が広がっています。しかし、食器の共有をしないことでう蝕予防できるということの科学的根拠は必ずしも強いものではありません。
日本口腔衛生学会 意見・回答「乳幼児期における親との食器共有について」より
親子間のむし歯菌感染をふせぐために、食器共有を避けるという行動では、残念ながら十分ではないと。(100%無意味であるといっているわけではないと思います。)
「食器の共有に気をつけていても、子どものむし歯のでき方に差はなかった 。」との研究結果によるためです。
理由としては以下の二点があげられています。
- 親からのお口の細菌感染は食器の共有の前から起こっている
- むし歯の原因菌は、ミュータンス菌だけではない
親からのお口の細菌感染は食器の共有の前から起こっている
食器共有は生後5~6か月頃(離乳食開始時期)から。
最近の研究で、生後4か月に母親のお口の細菌が子どもに感染していることが確認されています。
日々の親子のスキンシップを通して子どもは親のだ液に接触します。食器の共有以前から親から子どもへの細菌感染はおこっている。
むし歯の原因菌は、ミュータンス菌だけではない
お口の内には数百種以上の細菌が存在し、ミュータンス菌だけでなく多くの細菌が酸を作り、むし歯の原因となります。
さらに「乳幼児期における親との食器共有について」との意見・回答では
親から子どもに口腔細菌が伝播したとしても、砂糖の摂取を控え、親が毎日仕上げみがきを行って歯垢を除去し、またフッ化物を利用することでう蝕を予防することができます
日本口腔衛生学会 意見・回答「乳幼児期における親との食器共有について」より
現時点では親子間のむし歯菌感染を防ぐ、具体的な手段はないので、むし歯予防対策をしっかりとしましょう。という結論です。
むし歯菌=ミュータンス菌ではない?
ミュータンス菌以外にも、酸をつくり歯を溶かす菌は存在します。それはミュータンス菌以外の連鎖球菌や乳酸桿菌、放線菌などです。
砂糖などを口にする機会が増えると、ミュータンス菌以外の酸産生菌により歯の表面は酸性にシフトし、酸性環境に適応する菌が多くなる。当然そのような環境では、ミュータンス菌も感染しやすくなります。
こうなると最初の項で紹介した、ミュータンス菌の「感染の窓」はたいして意味がないのかという疑問が出てきます。
しかしミュータンス菌には、他の酸産生菌にはない大きな特徴がある。
私たちが飲食したときの糖分を栄養にして増殖し、不要性グルカンというネバネバとした物質を出し、歯の表面に付着する。そして他の細菌も巻きこんでプラーク(歯垢)を作る主役となります。
ミュータンス菌が作った不要性グルカンとミュータンス菌などの細菌の集まりであるプラークの、歯に対する酸による攻撃力のポイントは以下のようにまとめられます。
- 歯の表面にしっかりと付着する(歯面付着性)
- 作った酸を保護し、だ液などで薄まりにくくする
ミュータンス菌が活躍できる環境を、ミュータンス菌以外の酸産生菌がアシストしている側面があるにせよ、現時点でもミュータンス菌がむし歯菌の主役であると、私は認識しています。
もちろん「感染の窓」も気を配るべき時間帯。
今後さらに研究が進むと、もう少し別の見解が出てくる可能性はありますが。
むし歯菌感染をふせぐには
先の口腔衛生学会の見解にもあるように、むし歯菌に感染しても、むし歯は予防できる。
確かにその通り。むし歯が生活習慣病(の側面がある)といわれる所以です。
でも親子間のむし歯菌(ミュータンス菌など)感染をふせぐに越したことはない。
そして食器共有を避けなくてもよいのか?
どうすれば?
ヒントは口腔衛生学会の見解にあります。
- 砂糖の摂取を控える
- 適切な毎日の歯みがき
- フッ素の使用
この三つで、むし歯は防げる。
むし歯菌感染をふせぐ対策は、この三つを家庭内で実践すること。もっと具体的に言うならば、ご両親が少なくともお子様が生まれてからは、この三つをしっかりと習慣化することです。
3.フッ素の使用に関しては、ご自身のむし歯予防にはとても重要ですが、むし歯菌感染をふせぐにはそれほど大きな対策にはなりません。
ポイントは1.砂糖の摂取を控えると2.適切な毎日の歯みがきの二つです。
砂糖などを口にする機会が増えると、酸産生菌により歯の表面は酸性にシフトし、酸性環境に適応する菌が多くなる。当然ミュータンス菌も、お口の中で増加する。
感染源?であるご両親のお口の中のむし歯菌を少なくすることが最大の対策。
親子間の食器共有を無理に避ける必要はないと考えます。
食器共有だけが、だ液の接触のある行為ではありません。愛情をもって接すれば接するほど、だ液の接触を完全に防ぐことは不可能です。
一方でお子様の歯みがき習慣も大事。しかし仕上げみがきができるようになる時期も、まちまち。
で書いたように、仕上げみがきをしっかりと習慣化するのは、子育ての中でもハードルの高いイベントの一つです。
お子様の仕上げみがきは重要です。
でもその前に、ご自身の歯みがきと普段の飲食を見直すことが先決!