日本人の死因の第5位は肺炎。第6位は誤嚥性肺炎。この二つを合わせると、脳血管疾患を上回り第4位となります。
肺炎予防には肺炎球菌ワクチン接種が強く推奨されています。「成人肺炎診療ガイドライン2024」(以下 本ガイドライン)では、肺炎予防の項目に、「口腔ケア」が新たに加わりました。
今回は死因の約10%を占める、肺炎予防について考えていきますが、行き着くところは、老衰と肺炎の境界線。
日本人の死因
厚生労働省の令和5年(2023) 人口動態統計月報年計(概数)の概況から、日本人の死因を確認していきます。
例年死因のトップはがん。4人に1人はがんで亡くなる。(悪性新生物とは悪性腫瘍のこと。がん、肉腫及び白血病などの血液のがんも含みます。)
1981年にトップの座につき、そのままトップを維持し現在に至っています。
肺炎(4.8%)と誤嚥性肺炎(3.8%)は5位と6位。
戦前では、肺炎が死因の突出して1位の年(スペイン風邪流行時)もありましたが、過去の話。
直近5年間の死因別の死亡数(人口10万対)が以下のグラフ。
順位はほぼ変動なし。
赤の太線は、5位肺炎と6位誤嚥性肺炎を合算した場合のグラフで、脳血管疾患を上回り4位。(肺炎と誤嚥性肺炎を合わせて考える意義は、次項で)
そして3位の老衰には、肺炎が混在していると考えられています。
冒頭で肺炎は、「死因の約10%を占める」と書きました。妥当な数字では。
ただ十人に一人なので、そこまでは多くはないですね。
人はいつかは、最期を迎えます。
とはいっても、不意な感染症で命を落とすことが避けられるのであれば、避けたい。
肺炎と誤嚥性肺炎
肺炎と誤嚥性肺炎と、二つの死因(病名)があります。
厚生労働省の人口動態統計において、肺炎と誤嚥性肺炎に分けられたのは2017年から。
高齢化に伴い増加する疾患への対応から、従来からの肺炎と、新たに誤嚥性肺炎との二つにわけられました。
本ガイドラインでは、誤嚥性肺炎は次のように定義されています。
誤嚥のリスクがある宿主に生じる肺炎
リスクがあるとは?
認知症や脳血管障害、あるいは加齢により身体的な衰弱があるなどです。
そしてお口の中の細菌が原因になります。(胃酸が原因になる場合もある。)
何を隠そう、私の父が89歳で他界したときの死亡診断書に記載されていた直接死因が、誤嚥性肺炎。
80歳を過ぎて認知症を発症し、最後は自力での歩行が不可能な要介護状態でした。ガイドラインの通り。(死亡診断書に書かれていた、死亡の原因は直接死因のみでした。)
一方で肺炎とは?
肺炎は罹った場所や背景によって次の三つに分類されます。
- 市中肺炎(CAP)
- 医療・介護関連肺炎(NHCAP)
- 院内肺炎(HAP)
なぜこのように分類されるか?
本来であれば肺炎は、がんなどの悪性腫瘍と違い、治療が可能な良性な病気の一つとされています。
ところが老衰や疾患末期でおこった肺炎は、治療によって完治できるとは限らない。
積極的な治療により不要な苦痛を長時間にわたり、患者に与えてしまうことが指摘されています。
個人の意思を尊重して、治療をしない選択肢を提示する必要性から、このような分類がされるようになりました。
図の右側であるほど、積極的に治療をして、完治を目指す。逆に左側であるほど、積極的な治療をしない選択が増える。と理解すればよいと思います。
(原因の細菌も、市中肺炎は肺炎球菌などの一般的な細菌が多いが、左側にいくほど緑膿菌や各種の耐性菌などの厄介な細菌が多くなる。)
そもそも肺炎により死亡する人のほとんどは高齢者。高齢であったり、基礎疾患(脳血管障害など)があり体力の低下がある場合、肺炎に罹りやすくなります。
誤嚥性肺炎は主に活動性が低くなった高齢者で発病します。
このことから肺炎と誤嚥性肺炎はオーバーラップ(重なり合っている)していると考えられています。
本ガイドラインでは、いずれの肺炎分類においても誤嚥性肺炎が多く認められるため、すべての症例において、誤嚥性肺炎の可能性を検討することは重要としています。しかし現在、誤嚥性肺炎の明確な診断基準がありません。
実際に肺炎と誤嚥性肺炎を細菌から区別することは困難。つまり患者から得られた痰をもとに、お口の中の細菌が原因かを特定するのは難しい。
肺炎は原因細菌が肺炎球菌などはっきりしている場合や、誤嚥性肺炎と診断できない肺炎、とイメージして間違えないように思います。
私の父の場合は認知症の診断を受けていました。死亡診断書を書いた担当医師は、自信をもって誤嚥性肺炎と診断した、と推測します。
2017年に肺炎と誤嚥性肺炎の二つの死因(病名)分けられたばかりです。しかしこの二つの境界はあいまい。
統計的にも従来通りに、肺炎(肺炎+誤嚥性肺炎)で集計したほうが、より実態に近いような気がします。
肺炎を予防するには
肺炎予防で第一に挙げられているのが、肺炎球菌ワクチン接種。
ひとつ前のガイドラインである「成人肺炎診療ガイドライン2017」において、強く推奨するとなっています。肺炎球菌ワクチン接種は、すでに確立された肺炎予防策と位置づけされています。
肺炎球菌は10%程度の成人は保菌しているが、小児では20~40%も保菌している。小児から成人に肺炎球菌がうつり、肺炎を発症することがある。
高齢者や基礎疾患がある肺炎高リスク者は、肺炎球菌ワクチン接種を受ける必要があるとのこと。
肺炎のうち、市中肺炎は原因菌が肺炎球菌のことが多い。
市中肺炎は比較的お元気な高齢者の病気です。
様々なマイナスの条件(体調、気候など)が重なり、命を落とすことになっては、悔やんでも悔やみきれません。
そして本ガイドラインに新たに加わったのが、口腔ケア。
肺炎の検出微生物は多様であるが、口腔内の細菌を誤嚥することで発症する肺炎に関しては、口腔ケアを実施することで口腔内を清潔に保ち、細菌数を減らすことで予防できる。
成人肺炎診療ガイドライン2024 p79
口腔ケアとは?
歯や義歯についた細菌塊(プラーク)を、歯ブラシや義歯ブラシを使い、物理的に擦り取ることがメイン。補助的に洗口剤によるうがいも。 食べかすは、うがいで取れますが、細菌塊はうがいだけでは取れません。
そして忘れてはならないのが、舌。
活動性の低下した高齢者では特に、舌の汚れ(舌苔)が目立ちます。舌苔はまさに細菌の塊。舌ブラシやガーゼの使用もお薦めします。
本ガイドラインの「CQ肺炎予防に口腔ケアは推奨されるか」では「行うことを弱く推奨する」となっていました。
(CQ-クリニカルクエスチョン・臨床的疑問)
誤嚥性肺炎だけでなく、少なくとも肺炎の一部は誤嚥によると考えられている以上、口腔ケアは当然強く推奨されるべきと思うのですが・・・
以下がガイドライン作成委員の投票結果です。
弱く推奨するにとどまった理由は?
施設や病院でのマンパワー不足により、すべての患者に口腔ケア実施は困難であるとの判断から。
つまり現在の医療・介護の現場に、「強く推奨する」とするのは酷であるという訳。
ただ実際には、強く推奨すべき予防法です。
このことを呼吸器専門の先生方も十分に理解したからこそ、本ガイドラインへの掲載に至ったと考えます。
老衰と肺炎の境界線
最初の項で、「老衰には、肺炎が混在していると考えられています。」と書きました。
誤嚥性肺炎になり、一度は回復したとしても、体力が極度に低下している場合、肺炎をくり返す。誤嚥性肺炎をくり返しながら、徐々に死に近づく。
このような状況は、加齢に伴う衰弱の本質のようです。
興味本位で厚生労働省から出されている「死亡診断書記入マニュアル」を覗いてみました。
「死亡の原因」の書き方についても解説されています。
「死亡の原因」記載欄は、直接死因だけでなく、直接死因の原因が複数記載できるようになっています。
統計に用いられる病名は、医学的に妥当なⅠ欄の最下段の病名とするのが原則。
上の例では(ア)直接死因が誤嚥性肺炎だが、(イ)(ア)の原因が老衰。よって死亡の原因は老衰。
誤嚥性肺炎による死亡は、老衰として判断されうることが肺炎を診療する医師への意識調査でも示されている。と本ガイドライン中にもありました。
さらに二番目の項でふれたように、肺炎と誤嚥性肺炎はオーバーラップしている。
肺炎・誤嚥性肺炎・老衰には明確な境界線はないといっても、言い過ぎではない!(あくまでも死亡の原因としての病名の話です。)
どうやら老衰と肺炎(誤嚥性肺炎を含む)の境界線は明確には引けない。
本ガイドラインに目を通すまでは考えてもいなかった現実が、あることを知りました。
二人に一人ががんを経験する時代を生きのび、幸い心臓も脳もなんとか働いてくれている。
すると最後の時を迎える理由(死因)は、老衰か肺炎か。
ところが老衰と肺炎の境界があいまい。
限りなく純粋な老衰による死を目指すなら、口腔ケアが大切なようです。