チーズには、むし歯を予防する効果があります。
約20年前にWHO(世界保健機関)から、チーズのむし歯予防効果について公表されています。食品の中でチーズだけがむし歯予防効果がある理由と歯が体の中で特別な存在である訳には、相通ずるものがあると思うにいたりました。今回はこの辺りを話題にします。
歯に良い(歯を丈夫にする)食べ物はない?
6月に小学校で行った歯科講和後に
「どんな食べ物が歯を丈夫にするか知りたいです」という質問が小学生からありました。
この質問に対して、少し回りくどい回答をしました。回答1と回答2と、二つの回答を用意したのです。
回答1は
「歯を丈夫にする食べ物はない」としました。
一般的に「〇〇に良い食べ物」というフレーズがありますね。
例えば「脳に良い食べ物」と検索すると、青魚やナッツ類、緑黄色野菜などが検索結果として出てきます。
どの食品も消化管で分解、吸収され、必要な栄養素が血液を通じて脳細胞に働きかけることによって効果を発揮されます。
いっぽうで歯の構造は、下図の通りです。
歯はエナメル質と象牙質という、リン酸カルシウムが主な成分の硬い組織からできています。エナメル質も象牙質もリン酸カルシウムの結晶からなり、細胞も血管もありません。
歯の中心部には歯髄という軟らかい組織があります。歯髄は体のほかの部分と同じようにさまざまな細胞があり、血管が通っています。
しかし血管は歯髄の中をめぐるだけで、エナメル質と象牙質には通じていません。
つまり何を食べても、血液から歯(エナメル質と象牙質)に栄養がとりこまれることはありません。
体のほかの部分と同じメカニズムで、歯を丈夫にする食べ物は存在しようがないのです。
チーズのむし歯予防効果は、ほぼ確実
2003年にWHOからだされたレポートでは、チーズのむし歯予防効果は「ほぼ確実」となっています。
「どんな食べ物が歯を丈夫にするか知りたいです」という質問の回答2は
「一つだけある」としました。こちらが本当の回答です。
WHO Technical Report Series 916 「DIET, NUTRITION AND THE PREVENTION OF CHRONIC DISEASES」では
“歯科疾患を予防するための推奨事項”という項目があり、その中の“むし歯を予防する食事因子”に、上図のようにハードチーズの記載があります。
「チーズのう蝕抑制性は、いくつかの実験的研究、人間の観察研究、および介入研究で実証されています。」
と本文中に書かれていました。
むし歯リスクを減少させる確実なものは、フッ素です。
このフッ素とは、フッ素入り歯みがき剤の使用、フッ素塗布および飲料水のフッ素添加などのことです。いわゆる食品とは異なります。
またハードチーズと同じほぼ確実には、Sugars-free chewing gumもあります。これはキシリトールガムに代表される、シュガーレスガム(砂糖の入っていないガム)を噛むことです。
ガム自体の成分ではなく、ガムを噛むことにより、唾液が多く出ます。この唾液が多く出ることによる、再石灰化の促進が理由になります。こちらもいわゆる食品とはいえません。
よってむし歯を予防する食品は、ハードチーズだけになります。
メカニズムは再石灰化の促進
歯は血液から栄養を取り込むことはできませんが、直接歯の表面から、悪い影響と良い影響のどちらも、受けます。
悪い影響と良い影響とは、脱灰と再石灰化です。
当たり前ですが、糖を含む食品や飲料をとると、歯の表面での悪い影響つまり脱灰がおこります。
フッ素は唾液中のカルシウムイオンとリン酸イオンを、取り込む再石灰化を促進します。そしてフッ素自身も歯の結晶に取り込まれ、歯の結晶を強くします。
チーズのむし歯予防のメカニズムは、再石灰化を促進することです。歯の表面に直接作用して、良い影響を与えます。
チーズに成分としてカルシウム、リン酸、たんぱく質であるカゼインが豊富に含まれることがポイントです。
チーズに含まれるリン酸カルシウムは、カゼインといっしょにあることにより、結晶構造をもたない自由な状態(非結晶)で存在しています。
チーズをかむと、非結晶リン酸カルシウムから唾液中に、カルシウムイオンとリン酸イオンがたくさん供給され、再石灰化を促進します。
他のカルシウムやリンを多く含む食品を食べても、残念ながら同じ効果は期待できません。歯の周囲に豊富なカルシウムイオンとリン酸イオンを、供給できないからです。
気になる点は、どんなチーズでも効果があるのかです。
WHOレポートに登場するハードチーズは、チェダーやパルメザン、エメンタール、ゴーダなどのハードタイプのナチュラルチーズあたりでしょう。
これらのチーズは製造工程で、乳清などの水分が除去され、成分が濃縮されます。原料乳に比べると、カルシウムやリンの含有率が飛躍的に高くなります。
乳清などの水分が除去され、成分が濃縮されていれば、ハードチーズと同様の効果が期待できるはずです。
・一般的に市販されているプロセスチーズ
ハードチーズと同様の効果あり
(乳清除去、圧搾などの行程を経ている)
・フレッシュチーズ(クリーム、カッテージ)
ハードチーズと同様の効果は期待できない
(乳清除去、圧搾などの行程を経ていない)
そして粉チーズや軟らかいチーズよりも、ある程度歯ごたえのあるチーズをよく咀嚼することで、より効果が出ます。
チーズのカルシウムやリンの含有量は日本食品標準成分表で確認できます。
各チーズのカルシウム、リンの含有量を抜粋しました。
骨折は治るが、むし歯が治らない理由
骨と歯には共通点があります。どちらも硬いことと、おもな成分がリン酸カルシウムであるという点です。
このように似ている歯と骨でも、大きな相違点もあります。骨折は治りますが、むし歯が治らないだけではなく、歯が割れても骨のようにくっつきません。
骨の大部分は、骨基質(リン酸カルシウムとコラーゲン繊維からできている)という硬い組織からできています。
そして骨には以下の三つの細胞があり、血管が通っています。
- 骨細胞 ー 骨基質の中に埋め込まれている細胞
- 骨芽細胞 ー 骨基質を作る細胞
- 破骨細胞 ー 骨基質を壊す細胞
骨折した骨がくっつくのは、破骨細胞によって骨折したところの骨の一部が片付けられ、骨芽細胞によって新しい骨が作られるからです。
このように骨が元通りに修復されるのは、骨には細胞と血管があり、血液が流れているからです。そもそも骨の中心部にある骨髄は、血液を作る組織でもあります。
いっぽう歯(エナメル質と象牙質)には、細胞に栄養を届ける血管がない訳ですから、もちろん細胞もありません。
人間は数十兆個の細胞からできているといわれています。骨だけでなく、皮膚や筋肉、内臓など体のすべては、細胞からできているはずです。
それにもかかわらずエナメル質と象牙質には細胞がないのは、おかしいとは思われないでしょうか。
実は歯ができる前には、エナメル芽細胞と象牙芽細胞というエナメル質と象牙質の元になる細胞があります。この細胞から、歯は顎の骨の中で少しずつ作られ、歯が完成すると、エナメル芽細胞と象牙芽細胞は消えてなくなります。
そして数十兆個の細胞からなる私たちの体の中に、細胞のない歯がポツンと残るのです。
体の中でも歯(エナメル質と象牙質)は特別な存在です。
歯は体の中で唯一、食べ物の栄養を血液から受け取ることができません。しかし歯は、表面から直接影響を受けます。
良い影響を歯に与えられる食品は、チーズだけのようです。
おまけ
むし歯予防の中心は次の三つで、どれ一つとして欠かすことはできません。
- 歯みがき
- 正しい食生活(脱灰≦再石灰化)
- フッ素入り歯みがき剤の使用
チーズを食べることはむし歯予防になりますが、他のむし歯予防の行動を省略できるものではありません。あくまでも+αの効果とお考え下さい。
しかしチーズの食品としての魅力はつきません。さまざま健康効果も期待できます。
興味ある方はご一読を